あんな朝、こんな出会い④

「のう、紳人よ」

「何だね、コン」


コンと2人、正座で向かい合う。それは人が神に祈りを捧げるように、神が人へ告げるように。


「わしらは…朝からたった1日とはいえ、それなりにお互いを理解し合えたのではないかの?」

「うん…それは、確かに。コンがどんな神様なのかって言うのは理解できたつもりだ」


けれど、互いの言葉は交わされているようで何処かすれ違う。それは人のせいか、神ゆえか。


「なれば…分かるじゃろう?」

「分かるけど…コンの言うことも、分かるけど!」


コンの恐る恐る伸ばされる手を拒むように、歯痒い思いを堪えて俯く。尚も瞳を潤ませて縋り付くコンに…非情にも、俺は告げた。




「……寝るよ。もうこんな時間だ」

「やじゃぁぁ!」


立ち上がった俺からふるい落とされたコンは、神様としての威厳もへったくれもなくその場で四肢を投げ出して駄々を捏ね始める。


これが俺の神様だと思うと、頭が痛くなってくるな…。あぁほら寝間着がはだけてお腹見えてる、俺のお下がりなんだから丈が大きいんだよ。


「神様は睡眠がいらないって言うなら、自由に過ごして良いけど?」

「神も人も、殆ど違いは無いのじゃ。自分とあまりに異質なものを、人が崇めたりするものか」

「だからってプリン盗み食いするところまで、似通るのは…」

「やかましいのじゃあ!とにかくわしはまだ眠りはせん、眠りはせん、眠りはせんぞぉ!」


巨大なヤツの上でガトリング撃ちそうな迫真さでその場に蹲り、就寝を拒否するコン。このままでは、貴重な睡眠時間が少なくなってしまう。


俺にとって、睡眠は癒しの一つだ。睡眠に入るまでの瞼を閉じ布団で横になっているあの時間は、何物にも代え難い至福を感じている。


なのに…こんな、コンなことで俺は!


----その時、頭がクリアになった気がした。


「今寝てくれるなら、明日学校帰りにプリン買ってきてあげよう。3つ入り全部食べても良いぞ!」

「何をしておるか紳人!ほれ早う寝るが良い!早寝早起きは健康に欠かせぬ、知らぬのか!?」


計画通り。思わずニヒルな笑みを浮かべてしまったが、気付かれる前に平静を装い就寝へ。


「……あ、忘れてた。布団一つしかない」


肝心なことを忘れていた。もう首まですっぽり毛布をかぶっているコンが横になっているとならば、一人暮らしの俺が寝る布団は他に無く。


当然、床に寝るしかなくなる。仕方ない、ここは冬用の毛布を引っ張り出してその上に…。


「何を言う、お主よ。2人で寝るには困らぬ大きさではないか。お主が細くて幸いじゃな」

「……何処から突っ込めば良いのか分からないが」


とりあえず、俺が細いと言うよりコンが小さいんだろ…というのはやめておいた。


折角素直になってくれたのに、水を差して余計な駄々を捏ねられたら今度こそ手がつけられない。


それに、もう一つの懸念点である曲がりなりにも女の子のコンと俺が添い寝するのは如何なものかというのは、彼女からしてみれば赤子が母親と寝るのを気にするのかというレベルなのだろう。


物差しは基本的に『神様』であるコン。彼女の距離感のようなものが、掴めてきたようだ。


なので、此処は般若心経を唱えながら寝ることで事なきを得よう。悩み大き思春期男子である俺は、こんなこともあろうかと自制用に暗記しておいたのだ!


「枕は流石にコンが1人で使ってね、2人じゃバランスが悪くてかえって眠れないからさ」

「ふむ…そう言うのであれば、了解じゃ」


そうして、ぐずるコンを何とか宥めて自室件寝室へ。部屋の端に布団を敷き、毛布を被せるとコンを先に中へと誘導する。


ブカブカのパジャマを着ながらもぞもぞと布団へ入る様は、少女がママと一緒に寝る前の雰囲気を彷彿とさせた。その隣に寝るのは、優しいママなどではなくただの男子高校生なのだが。


「ほれ、早う入るのじゃ。布団が寒くてしょうがない」

「オッケー、今行くよ」


耳と尻尾はどうするのかと思っていたけど、耳は頭の上なので枕には干渉せず尻尾もクルンと体の前に巻き付けるように持ってきて仰向けで寝ても問題ないようにした。


なるほど…と一つ真理を見たような気持ちになりながら、やはり多少は緊張しつつコンの隣で仰向けになり毛布を被る。


そして瞼を閉じて、ふぅ…と一息吐いた。眠気があるか確認するため数度ゆっくり呼吸すると、コンの仄かに甘い花のような香り。


そのせいで、眠気は何処かへ飛んでいってしまう。たとえ自分の神様であろうと、隣で添い寝しているのは可愛い女の子の体なのだ。


悶々と、これで一夜を過ごすのか…?


「……紳人」

「ん!?ど、うしたの…コン」


そんな時、不意に呼ばれて心臓がドキリと跳ね上がる。声が僅かに裏返るのを誤魔化すように首を横に向けると、いつの間にかコンが俺の方を体ごと向いていた。


消灯して薄暗い部屋の中でも燦然と煌めく

金色の瞳と、艶やかな橙色の髪に狐色の耳と尻尾はこの目に映っている。


「お主は明日から、学校じゃったな」

「あぁ…そうだね。面倒だけれど」

「そうか…」


それだけ言うと、またすぐに瞳を伏せて口を閉ざしてしまう。きゅっ…と微かに枕の上で、小さな手を握り何度か俺の目を見て何かを言いたそうな雰囲気をするけれど何も言わない。


いや、もしかしたら何も言えないのかもしれない。コンは、神様で俺は人間だから。普段はそんな振る舞いを見せないくせに、いざという時はらしくあろうとするから。


……きっと、コン自身も測りかねているのだ。初めて顔を合わせた自分が庇護する俺との、距離感を。時折感じていた彼女への違和感はそれだ、今なら断言出来る。


やれやれ…本当にこの神様は。


わざとらしく溜息を見せて、今度は此方から口を開いた。


「本当に、人間神様は同じみたいだ。悩んじゃうし、迷っちゃう。同じように心があるんだから、当然だ」

「……?」

「流石に和服の狐の神様を連れての登校は、俺も無理だけど。学校が終わったら、すぐに帰ってくるよ。約束する」

「っ!そうか、そうか…!しょうがないのう、約束じゃ。プリン三つも、ゆめゆめ忘れるでないぞ!」

「分かってますとも」


コロコロと表情を変える様が面白くてつい笑ってしまいながら答えると、頬を膨らませてぷいと背を向けられてしまう。ぽふっぽふっと尻尾で布団を軽く叩くのは、拗ねているからか他の理由なのか…。


それは分からないけれど、今はとりあえず明日の為に寝るとしよう。


起きたら朝ごはんの前に、プリンが好きな理由でも聞いてみても良いな。そう思いながら、その背中に声をかける。


「おやすみ、コン」

「……おやすみじゃ、紳人」


ふりふり…数回揺れるその耳と尻尾だけでは、コンの表情は伺い知れない。皮肉にも、それが1番俺の中で神様らしいコンだった。

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