あんな朝、こんな出会い③

「コン、お風呂は先と後どちらが良い?」


18時頃帰り着いた俺たちは、30分くらいゆっくりした後で晩御飯のオムライス作りに取り掛かった。


幸いにも俺とコンの好みの味は同じ濃い目だったので、ケチャップライスなどの味付けには困らなかった。


晩御飯を食べ終え、皿洗いも2人で分担(いつもより少々時間はかかったがコンの頑張りは嬉しかった)して後は寝るまで自由時間だ。


「んむ?一緒に入れば良かろう?」

「何でさ!コン、揶揄うのも程々に…」

「揶揄ってなどおらぬさ」


くすっと笑ったコンは心なしか流麗な動作で立ち上がり、お風呂場への扉に手をかけていた俺の前に歩み寄り見上げてくる。


「神が人の子に見られて恥ずべきことは無いのじゃ。己が裸でも、な」

「そ、そういうことじゃなくてだな…!」


伏目がちに見上げ僅かに前のめりになるものだから、意外と睫毛長いんだなとかここからだと鎖骨辺りが覗けるんだなとか考えてしまい動揺してしまう。


そして動揺しているせいで、俺の人としての価値観とコンの神としての価値観の相違をうまく言葉に出来ない。


「ふふっ…じゃが、良いのか?わしの体を思う存分見るチャンスじゃぞ?んん?」


所謂セクシーポーズとばかりに、両膝に手を当て腰を振ってくる。が、身長は高いわけじゃなく少女の体型でそれをされても色気というより背伸びしてる感じでかえって可愛らしい。


「……もう少し、大きくなったらな」

「何をぉ!?」


肩を竦めて茶化すと、コンはうがぁ!と目くじらを立てた。


神様らしい威厳は何処へやら、アマ様にも美しいと言われたのじゃぞと地団駄を踏んでいる。アマ様って誰だよ…。


「絶対一緒に入ってやるのじゃ!お主にもわしの神々しいこの体、見せつけてやろう!」

「会ったばかりの男と、それも自分の信徒のような俺と入ってもいいのか…?」

「構わぬ!行くぞ紳人!」

「あぁちょっと、コン!」


自らお風呂場のドアを開けてズンズンと進んでいくコンに、少し揶揄いすぎたか…と思いながらせめてタオルだけは巻いてもらおうと固く誓って俺もお風呂場へと向かった。


〜〜〜〜〜


「よし、紳人よ!わしがお主を洗ってやろう!」

「へ?いや、大丈夫だよ。そんな歳でも無いし…」

「良い良い、遠慮も覚える歳でもなかろう!」


バスタオルを凹凸の少ない体に巻いたコンが尻尾をパタパタと揺らしながら、有無を言わさず俺を風呂桶に座らせる。


「シャンプーは…これくらいじゃったかのう?」


そして、カシュッ!と深く蓋を押し込み手のひらに中々の量のシャンプーを出した。


「ちょっ!?」

「ほれ、じっとしてるのじゃ!」


それを両手で擦り、泡立てていくのだが…。


「おぉ、モコモコじゃ…」


軽く泡が辺りに舞うくらい、コンの小さな手でみるみると泡立っていく。明らかにシャンプーの出し過ぎだ。


「そして…こうじゃな!」


パシャ…とゆっくり俺の髪に手を当てると、わしゃわしゃと不器用ながらも泡で髪を洗っていく。


てっきり、コンのことだから激しく擦ると思っていたが…コンなりに一生懸命頑張っているんだな。


仕方ないのでコンの好きなようにさせていると、段々目の方までシャンプーが流れ落ちてきた。


「コン、目にシャンプーが入りそうなんだ。お湯を出してくれるか?」

「うむ」


泡が入らないよう瞼を閉じると、キュッ!とノブを全開にする音が。……えっ?全開?


シャァァァァ!(降り掛かる熱湯


「ホワッチャァァ!!」


熱すぎて世紀末な声を上げ、瞼を反射的に開けてしまう。当然、熱湯と一緒に泡も流れ落ちてくるわけで…。


「ぐおおお目が!目がぁぁぁぁ、あぁあ…」


両手で目を押さえて、のたうち回りたくなるのを必死に堪えて蹲る。


「だ、大丈夫か紳人!?すまぬ、加減がうまく出来なんだ…!」


慌てた声のコンがすぐに熱湯を止めてくれたおかげで、肌が焼けるような痛さはない。やけどはしていないようだ。


しかし、目がジンジンする…目が回復するのはもう少しかかるな。


「コン…コンはやけどとかしなかった?どっかぶつけてない?」

「わ、わしは大丈夫じゃ…それより、お主こそ大丈夫かの?救急箱で足りるか…?」

「平気平気…もう少ししたら、すぐに目も開けられると思うから」


背中と肩に温かいコンの手の感触。優しく撫でられながら、体を起こすのを手伝ってもらい大人しくすること10秒ほど。


「っ、う…ふぃ〜やっと戻った」


辛うじて瞼を開けられ、シャワーで冷水を出して軽く洗うとすっかりと目は元に戻った。


「すまぬ…」

「ん?」


数回確認の為に軽く瞬きをしていたら、顔を俯かせ耳と尾を伏せたコンが一言溢す。


「今日だけでも紳人には世話になっているから…少しでも、恩返しがしたかったのじゃ」

「そうだったのか…気にしなくていい、神様ってのは基本奉仕される立場だろう?」

「じゃが、こうして目を見て言葉を交わせる!与えられてばかりでは、神としても人としてもいかん…」


勘違いしていた。俺はてっきり、コンがムキになって俺と混浴しようとしていたとばかり思っていた。けれど、それは違う。


コンなりに、俺を手助けしようとしてくれていたのだ。例えそれが、どんなに些細なことであっても。


そう気付いた時、ただのちょっとポンコツな狐の神様…という俺の中の認識を改めた。


コンは間違いなく、立派な神様の1人だ。


「……ありがとう、コン。コンが俺の神様で、本当に良かった」

「んむ…?」

「コンは今日うちに来たばかり、明日から少しずつ覚えていってくれればいい。その優しい想いが、俺たちを繋ぐものなんだから」

「紳人…うむ、うむ。そうじゃなぁ」


向かい合って、恐らく初めて至近距離から同じ目線になったコンに笑いかける。それに対してコンも、目尻に煌めく滴を溜めながらこくりと確かに頷いた。


「試しに、今日は俺がコンを洗ってあげるよ。耳とか尻尾って、触れても大丈夫?」

「あまりわしゃわしゃするでないぞ」

「分かってるよ」


お互いの軽口に笑い合いながら、髪や耳に尻尾を使って洗い方を教えていく。こんなに楽しいお風呂は、いつ以来だろうか。


毎日は難しくても、時折こうして一緒に入れたら楽しいだろうな…そう思った。


……因みに、体を洗うのはさりげなく避けた。流石に神様とはいえ少女の体を隈なく洗うのは…男としても真人間としても、危なすぎるよ。

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