あんな朝、こんな出会い②
「コンは神様だし、敬語を使った方が良いか?」
「気にせんで良いよ、お主に距離を置かれるのは忍びない」
2人でコップに入れた麦茶を片手に、コンは女の子座りで俺はあぐらで楽にして話は続く。
「そっか…じゃあ、コン。君は俺の神様だって言ってたけど…土地とか物とかじゃないのか?」
「良い質問じゃのう」
良くぞ聞いてくれましたとばかりに口角を釣り上げ、金色の目を輝かせるコン。大仰にコホン、と咳払いをしてから再度口を開いた。
「その分じゃと、日本には八百万の神という概念があるのは知っておるな?」
「あぁ。詳しい訳ではないけれど、人並みに」
「土地神や付喪神はその最もたる例と言えよう。其奴らと同じように、人間にも神が宿っているのじゃよ。守護霊の正体は、わしら人間に付く
「身近過ぎて、神という扱いを受けていなかったのか…」
「それも仕方なかろう。普通、神を人間が知覚することは出来ぬからの。しかし、極稀にぼんやりと見える者がおる…その者達が騒ぎ立て守護霊と呼ぶようになったのじゃな」
なるほど、腑に落ちる話だ。幾ら自分達にとって霊験あらたかな存在といえど、ぼんやりとしか見えないのであれば不気味に思うのは当然だろう。
「ん?神は普通人間には見えないんだよな。なら、何で俺はコンをはっきりと認識できてるんだ?」
「あぁそれは、わしが直接此方に…紳人の居る人の世に降りて来てるからじゃ。本来であればわしらは『
本体が目の前に居るから、俺は見えるし声も聞こえるのか。それにしても直接って気軽に言うが、コンは神様にしては本当にらしくない気がする…。
「……ところで、ホイホイ直接此方に来ても良いのか」
「こっぴどく大目玉じゃ」
「ダメじゃないか!」
思わず声を荒げて突っ込んでしまう。笑顔で何をサラッと言ってのけるんだこの神は。
「ま、まぁバレなければ大丈夫じゃ。八百万以上の神など到底把握しきれぬ。ものの100年あちらにおらずとも、わざわざ叱りに来るほど生真面目な神は滅多におらん」
「気を付けろよ…追い出すような真似はしないけどさ」
「優しいのう♪」
「うるへぇやい」
ニヨニヨと笑うコンの視線が小恥ずかしくて、顔が熱くなるのを感じながらふいっと顔を逸らしてしまう。
ついつい照れ隠しにつっけんどんな返しをしてしまいながらも、コンとの生活はきっと楽しいものになるだろうと思った。
「のぅ、紳人や」
「ん?どうしたの、コン」
「今日は何か予定はあるのかの?」
「ちょっと待ってね…」
下唇の舌に右手の人差し指を当て、近況を思い返していく。
「今日は日曜。宿題はもう終わって、鞄の中身も準備済み。掃除は昨日やったし…うん、特には無いな。折角こっちに来たんだし、何かコンのやりたいことしようか」
といっても、うちにはゲーム以外はあまり目ぼしいものは無いのだが。
「では、街を案内してくれぬか。人の世というものを、自分の足で歩いてみたい」
「そんな大層なものは無いよ…とりあえず、行ってみようか。着替えるから此処で少し待っててくれ」
「…手伝ってやろうか?」
「1人でできるから!」
またニヒルな笑みを浮かべながら俺を揶揄うコン。自分で思っていたより、揶揄われるのに弱いらしい…免疫を上げていかなければ。
何でも神様の言うとおりになってしまいかねない。自室への扉を開けながら、ひとりでに誓うのだった。
〜〜〜〜〜
「本当にこれといったものはないけれど、大丈夫?」
「うむ。お主の暮らす街を、同じ目線から見たいのじゃ」
「了解、それじゃあ道すがらに紹介していこう」
僕の住む家は、6階建てマンションの5階。エレベーターをボタンを押して呼んで、一階まで降りる。そのまま、左右に広がる道を左へ。
数分進むと、大きなスーパーが見えて来た。そこを指差しながら、隣をピッタリ付いてくるコンに説明する。
「あれが俺がよく行くスーパー。普段は安いんだけど、最近卵が高い」
「卵を使った料理をしがちなお主には、頭痛の種じゃな…」
「美味しいし安上がりだからなぁ…安くなってくれることを願う」
そんな感じで、移動しながら軽く紹介と感想を繰り返していく。
「あっちは公園。友達の皆と遊んだり、暇な時たまぁに日向ぼっこしたりする」
「その時のお主の表情、可愛かったからのう…間近で見るのが楽しみじゃ」
「そういえば見られてたんだった…恥ずかしいな」
「あれは行きつけのラーメン屋。あそこの味噌が濃くて病みつきになるんだ」
「ほほぉ、あれが…わしも食べたいのう」
「今度一緒に食べようか」
「あのゲーセン、俺の好きな筐体が置いてあるんだ。お金がもっとあれば、足繁く行くんだけど」
「わしと2人分の食事代などのせいかの…?」
「いいや、俺自身の散財癖だよ。コンとの生活は、何だかんだ俺も楽しみなんだ」
「あれは何じゃ?」
「あれは…」
「これは…」
「ふむふむ」
自分が住んでる街だけあって、馴染み深い場所は幾つもあった。今後コンがどうなるのか分からないが、いつか彼女にとっても馴染みのある場所になるのかな。
「ふぅ…大分回ったか。コンはどう、疲れた?」
「ふふん、神様は伊達ではないぞ。この程度お茶の子さいさいじゃ」
「その割には、何度も転びそうだったけど?」
「あっ、あれは道が悪かったのじゃ!わしのせいではない!」
家の近くの公園。そのベンチの上で、頬を膨らませて手足を子どものようにバタつかせるコン。
ひらひらと和服の袖や耳尾が揺れるが、どうやらこれは耳尾は他の人には見えないらしいのだ。
なので、傍から見たら可愛い女の子が駄々こねてるようにしか見えないらしい。中々良いもふもふなので、ちょっと勿体ないと思う。
「ゆっくり休んだら、今日は帰ろうか」
「うむ、そうじゃのう。…お主は、しっかりと生きておるのだな」
「?そりゃあね…親に無理言って一人暮らしさせてもらってるから、生活水準は保たなくちゃ」
「そういうことでは…いや、確かにその通り。暫く楽しませてもらう礼じゃ、神としても同居人としても遠慮なく頼るが良いぞ」
「頼もしい同居人なことで」
コンがポン、と控えめな胸を叩いて得意げに鼻を鳴らす。それがおかしくて、つい吹き出して笑い出してしまう。釣られてコンもお腹を抱えて笑うものだから、一層笑い声は大きくなっていく。
夕暮れの公園に束の間響かせ、目尻の涙を軽く拭いながら立ち上がり振り向いて言った。
「さぁ、帰ろうコン。晩御飯は何が良い?」
「オムライスが食べたいのう!」
「仰せのままに」
仰々しくお辞儀をすると、ノリの良いらしいコンはくるしゅうないと腰に手を当て尊大に頷く。和やかな雰囲気が楽しくて、スーパーと家への道中では談笑が絶えることはなかった。
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