あんな縁(こと)、コンな日々(こと)

燈乃つん@🍮

第1話

あんな朝、こんな出会い①

「あいたたた…もっと格好良く出てくるつもりじゃったが、また失敗してもうたわ…」


休日の朝。一人暮らしを満喫している身の上だが、習慣付いてる朝食を取ろうと先ずは

炊飯器の蓋をカチャリと開けた。


其処から出てきたのはホカホカに炊けた白米ではなく、何と…狐の耳と尻尾を持つ女の子。しかも、立派な振袖に反して丈の短い和服に身を包んだ女の子が。


その上にいきなりふぎゃっと顔から床に落ち、涙目で鼻頭を擦っているものだから寝起きの頭にはとても状況が飲み込めない。


「んむ?おぉ!紳人ではないか!どうやら出てくる『家』は、間違わなかったようじゃの!」


俺の名前を迷うことなく呼んだ謎の少女は、顔をパァッと無邪気に輝かせすっくと立ち上がる。その際、華奢な足には膝上丈の足袋を履いていることに気付く。


少し古風な印象だ。口調も何処か幼い声とは裏腹に、一朝一夕で真似ているような不自然さも感じない。


だから、だろうか。明らかに異常事態であっても、かえって動揺することなく俺は口を開くことが出来た。


「……とりあえず、朝ご飯食べる?」

「そうじゃなぁ、良い匂いもするようじゃし。ゆっくりご相伴に預からせてもらおうかの」


お米が炊き立ての炊飯器から出てきたから

だろうというツッコミは俺の胸の内で留め、止まっていた朝ごはんの用意を再開するのだった。


〜〜〜〜〜


「ん〜!紳人の作るご飯は美味じゃのぉ♪」

「口に合ったようで何よりだ…」


居間にある、ちゃぶ台のようなテーブルの上に2人分の食事を並べる。用意されたクッションにちょこんと正座していた謎の少女は、簡素な目玉焼きと白米に舌鼓を打ってパクパクと箸を進めていく。


狐の耳は忙しなく動き、投げ出された尻尾をサワサワと這うように揺れて見ていて飽きない。どうやら作り物ではなさそうだが…こういう、狐の女の子っていうのは創作物の中だけだと思っていた。


しかし現にこうして、炊飯器の中から突如現れ実際にご飯を頬張っているのだから認めざるを得ないようだ。事実は小説よりも奇なりだな…それにしたって限度があるが。


「ふぅ…ご馳走様じゃ。ありがとのぉ紳人、本来ならわしが作ってやるべきなのじゃが」

「気にしなくて良いよ。そんなことより…君は、誰?何故俺のことを…?」


皿を纏めて一箇所に持ちやすいように寄せてから、改めてテーブルに片肘をついて問いかける。


「うむ。それはのぅ…」


神妙な面持ちで腕を組み一つ深く頷いた彼女の口から、またしても驚くべきことが語られた。


「わしはお主の、紳人の神様じゃ!」


むん!と控えめな胸を反らし、誇らしげに腰に手を当てる様は神様というより少女のように感じられる。


何をバカな…なんて、一笑に伏すことは出来なかった。いきなり炊飯器から出てきた上に、こんなハイカラな和服を着こなす狐の女の子は知り合いにいないからだ。


挙げ句の果てに、名乗っていない名前を初対面で呼ばれては信じずにはいられないだろう。


「なるほど…それで、その神様が何で急に我が家に」

「……刻一刻を争う状況だったのじゃ」


不意に、神様の雰囲気が変わった。少しあどけないように見えて、やはり目の前にいるのは神なのだと思い知らされる。


無意識に居住まいを正し、耳を傾け続きを促す。


「日々頑張るお主を癒すためにお世話を」

「それ以上はいけない!」


狐、神、お世話。もう確実にアウトだ、ゲッター…ではなくバッターチェンジである。


「冗談はさておき。実は今、わしが…」


今度こそ真っ直ぐにこちらを見つめ、深刻そうな面持ちになる神様。


危篤な状態、内心で勝手に言葉が浮かび上がるほど真剣な表情。ゴクリ、と唾を飲み込んだ俺は…確かに聞いた。


「----間違って友『神』のプリンを食べちゃったもんだから、其奴から逃げてきたのじゃ!あぁ…今思い返すだけでも恐ろしい!」


確かに聞いたのに、耳を疑わずにはいられなかった。


嘘…俺の神様、ポンコツすぎ…?


「……謝ったほうが早いんじゃないか?」

「無論謝ったわ!じゃが、あやつは聞く耳持たんと怒り狂っておるのじゃ…ほとぼりが冷めるまで匿っておくれ!」


先程までの凛とした様は何処へやら。へにゃりと眉尻を下げ、涙目で両手を合わせる姿は神に懇願する人間そのものである。


明らかに逆だったかもしれねぇ…と思いながらも、断る理由もない。反省しているようだし、暫くしたら自分から謝りに行くだろう。


「しょうがないなぁ…良いよ、他でもない俺の神様の頼みだ。無碍にしたらバチが当たる」


そう結論付けて微苦笑混じりに受け入れると、花も綻ぶような明るい笑顔になった。正直、凄く可愛い。


更にパタパタと耳と尻尾も小動物のように動くものだから、愛くるしさまで感じられる。


「本当かの!?ありがとうなのじゃ、助かりましたなのじゃ〜!」


後半本当に感謝の言葉か?と身構えるも両手を上げて喜ぶ様に邪気はない。


やれやれ…そう喜ばれては、甲斐甲斐しく世話したくなってしまう。神様に仕えるのは、俺のような人間の役目だからな。


「……そうだ。神様は俺の名前知ってるけど、俺は神様の名前知らないんだ。聞いて良いなら、聞かせてもらいたいな」

「う…わしの名は…」


あれだけはしゃいでいたのにも関わらず、急に気まずそうに言い淀む神様。やはり、迂闊に神様に名前を聞くべきではなかったか。


「…無いのじゃ」

「え?」

「じゃから、わしの名じゃよ。まだ新米の神なものでな、名を持っておらなんだ…」

「そんなこともあるのか…」


目を伏せ胸の前で人差し指同士をくっつけ、寂しそうにする。そんな姿が、どうにも見ていられず気が付けばこんな提案をしていた。


「なら、仮の名前を俺が付けようか?」

「紳人が…?」

「あぁ。短い時間だろうとはいえ、名前がないのは不便だからさ」

「なるほど…うむ、良かろう。お主に名付けられ呼んでもらえるなら、わしも嬉しい」


そう言って、フッと柔らかく微笑む顔は…

息をするのを忘れるほどに美しく、可憐だった。頭を振って我に返ると、腕を組んで悩む。


ネーミングセンスが人並み外れて酷い自覚はないが、ずば抜けて上手い自信も無い。


なので今回は、無難かつ呼びやすい名前にさせてもらおう。


「コン…でどうだろう。流石に安直か?」

「コン…わしの名は、コン…。いいや、凄く良い響きじゃ紳人!わしの名はコン、改めてよろしくのう!」

「あぁ…よろしく、コン」


幸せそうな表情で頷いたコンと、ゆっくりと握手を交わす。


その小さなてのひらは、温かかった。

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