33.メシの時間

 食堂へと到着し、各々指定された席に向かって別れた。


 先ほどは思いの外、緊張する会話内容だった。

 女の子の友達を作るなら、最低限女物のジュエリーの話ができないとまずいかもしれない。

 所詮小学生だし、プリキュアの話がせいぜいだろう、とか思っていたので予想外だ。いや、プリキュアも全然知らないのでそれはそれで困るが。


 このままだと横見瀬さんと早乙女さんの二人は仲良くなって「私」だけハブられちゃうのでは?

 うーん、ちょっとは勉強しておかないといけないな。

 男のときは友達維持するって考えたこともないけど、女性だとそういうのもあるよな。

「同性同士のグループ」の在り方が男と根本的に違うだろうし。


 そんなことを考えていると、給食が配膳され、食事が始まった。


 今日のメニューは子羊のソテーにバルサミコソースをかけたヤツとカプレーゼ、あと名前も知らないスープが出てきた。

 こういう、言い方悪いけどどこでも食えそうなイタリアンのメニューも出るんだ、と思ったが質が別格だ。トマトがエグいぐらい旨い。どっちかと言うとトマト好きではないけど、そんなの関係ねぇと新鮮さと甘みが口腔と鼻腔を通り抜けていく。上に乗ってるモッツァレラチーズは……食べ慣れてないから比較対象がない。

 とにかく美味い。


 カプレーゼをもぐつきながら対面に座る舞浜の顔を覗き込むと、なにか嫌そうな顔をしていた。

 手元を見ると、カプレーゼのトマトをフォークでつんつんしながら、苦い顔をしている。

「もしかしてトマト苦手なんですか?」

「……そうだが?」

 だからなんだ、と言いたげな顔でトマトから視線は逸らさない。

「口に入れるのも嫌なら残してもいいんじゃないですか?」

 食べられるなら食べたほうがいいけど、無理してまで食べる必要ある? というのが俺の考えだ。

 嫌いなもので採れる栄養素なんて他の食べ物やサプリメントでもなんでも代用できる。その方が合理的だ。

 ……まあ、大人になっても嫌いなものばっかりだと、一緒に外食行くのを敬遠されるかもしれないが。

 

 舞浜はちらりとこちらを伺ったかと思うと、一気にトマトを口の中に放り込んだ。嫌な顔をしながら咀嚼し、飲み込んだ。

「偉いですね」

 素直に偉いと思った。普通このぐらいの子どもなら残すのは当たり前だ。

 それなのに、自分から苦手なものに立ち向かうなんて偉すぎる。


「緑園寺は嫌いなものないのか?」

 あれ、そういえばエリカさんって何が嫌いなんだろうか。当たり前だけど知らない。

 ま、ここは俺の苦手なものを言っておくか。

「生の貝類、ですかね。焼いてたりするといいんですけど」

「へぇ、生の貝か。俺はホタテとか好きだぞ」

「おー、それは大人ですね。私はホタテもあんまり……でも食べられないってほどじゃないですけどね」

「ふーん、お前食いしん坊なのか」

 食いしん坊ってなんだよ。お前も可愛い語彙使うんだな。


 俺は子羊のソテーを一口サイズに切り分けながら逆に質問してみた。

「舞浜くんはトマト以外に苦手なものはあるんですか?」

 特に意味なんてない、ただ話を続けるためだけの質問だった。なんだったらあんまり興味ない。

 質問を口にしながら、ソテーを口に運び、咀嚼する。うまいな~、なんて思っていた。


 皿の上の肉を切り分け、もう一度口に運ぶ。その間、舞浜はなんの反応も示さなかった。

 不思議に思い、顔を上げて舞浜を見ると、そこにはぽかーんと顔をしながら「私」を見ている彼がいた。


 あれ、俺なんか変なこと言ったか?

 いや、もしかして口にソースが付いてる?

 口元を手の甲で拭い、なにも付いていなことを確認した。


「どうしたんですか?」

「えっ? あ、ああ、ピーマンもそんなに好きじゃないな」

「ふーん、苦いのも苦手なんですね。コーヒーも?」

「あー……そうだな」

「ふふ、おこちゃまですね」

「うるさいな」


 いやー、コイツ本当に話しやすいわ。なんだろうな、意外と怒らなさそうって言うか……大人っぽいからか?

 ……小学一年生に大人っぽいっておかしんだけどさ。仕方ないよね、もう。

 てか、あまりにも大人っぽすぎるよな。どんな教育されてんだろうか。


「横見瀬はどうなんだ?」

 実は「私」の隣にはいつも気まずそうに横見瀬さんが座っている。気まずそうなので話しかけたりしていなかったが、舞浜にとってそんなことは無関係なのだろう。急に話を振った。

「ひぇ! わ、私は、あの、苦いのが嫌いです!」

「……最初に変な返事するの、流行ってるのか?」

「そうですよ、今大流行中なんです。ね、横見瀬さん」

「あ、は、はい!」

「横見瀬に嘘をつかせるなよ」

「舞浜くんも乗り遅れないように練習しておいたほうがいいですよ」

 俺の発言は無視して舞浜は続ける。

「横見瀬もピーマン苦手か?」

「そ、そういうのです。野菜はあんまり……」

 ふん、と舞浜はドヤ顔をしている。なんだろう、多数派になったからか?


 でもそうだよな、小学生の頃って野菜嫌いだもんな。俺も嫌いだった。

 昔はピーマンもナスもトマトもほうれん草も好きじゃなかった。小鉢に入ってる謎の和え物とか存在価値がわからなかったし。

 でも、どのタイミングかは忘れたけど食べられるようになった。小鉢に入ってるヤツなんてむしろ好きになった。特に努力とかしてないけど。

 子どもは苦味に敏感って聞いたことがある。それが野菜嫌いになりやすい理由だとかも。ま、ほとんどの場合は時間が解決するんだろうな。


「私も昔は嫌いでしたから、そんなもんですよ」

「へぇ、昔っていつ克服できたんだ?」



 あ、ヤバい。今のは「俺」の言葉だ。つい溢れてしまった。

 えっと、エリカさんが克服したのは……いや、そもそも嫌いだったかすらわからない。

 えっと、えっと……


「さ、最近です」

「そうだったのか。なら俺も克服しておこう」

「え? そんな無理しなくてもいいんじゃないですか? 嫌いなものは嫌いでも」

「……お前が食べられるなら俺も食べれるようになりたいだろ」


 どういうことかわからないが「私」の好き嫌いが舞浜の闘争心に火を付けてしまったのかもしれない。

「ま、食べられないより食べれた方がいいですもんね」

 そう言って隣の横見瀬さんの方に顔を向ける。

「は、はい……」

 別に同意を求めたつもりはなかったが、横見瀬さんは気まずそうな顔をしながら同意してくれた。

「横見瀬も大変だな」

「い、いえ、そんなことは」

「横見瀬さん、迷惑なら言ってください。舞浜くんには言い聞かせておきますから」

「おい、俺じゃないだろ」


 あはは、と笑ってしまった。

 それは令嬢らしからぬ笑い方だったと思う。


 でも、この一瞬だけはそんなことどうでもいいぐらい、心地いい時間に感じた。

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