31.贈り物
朝、目覚ましの音で目が覚める。音の在り処を手探りで探し、すぐに止める。
昨日はあまり良く眠れなかった。ぼんやりとする頭で枕に顔を埋める。
「おはようございます、エリカお嬢様」
後ろから声が聞こえる。子リスさんだろう。
観念して上体を起こすと、ほかほかタオルが手渡された。熱すぎず、適温だった。
「ありがとうございます」
「本日のモーニングティーはいかがなさいますか?」
またこれだ。マジでなんでもいい。
「あー……なんでもいいです……」
ついに心の声が漏れ出した。朝っぱらから茶のことなんて考えたくない。
「で、では、ペパーミントなんていかがでしょう。頭がスッキリすると思いますよ」
「……じゃあそれでお願いします」
少し投げやりな言い方だったかもしれない。
そう反省しながら、子リスさんが出してくれたペパーミントを一口飲む。
確かにスッキリする味わいだ。ちょっとお茶のこともわかってきたかもしれない。
「ありがとう、子……このお茶美味しいです」
子リスさんって言いかけたがなんとか誤魔化す。そういえば使用人の方々の名前、誰も知らなかった。
子リスさんはにっこり笑顔になりながら、頭を下げ、退出していった。
ペパーミントに口をつけながら昨晩考えたことを思い返す。
考えてもなにも答えが出ない、ということがわかっただけで、なんの結論も出ない無意味な思考だった。
俺は果たして、本当にエリカさんにこの体を返してあげられるのだろうか。
◆ ◆ ◆
今日は荷物が多い。後部座席の右席には綾小路さんに早乙女さん、ダリアの皆さんと舞浜のために買ってきたお返しが並んでいる。
ダリア用以外は朝イチで渡してしまおう。
そう考え、荷物を抱えて車を降りようとすると、運転手の方がお持ち致します、と行って運んでくれそうになった。
おお、お嬢様っぽいことしてもらってる……なんて感動したが、そんなに重たくないし、朝イチで渡すからと断った。
いつも通り教室に着くと、綾小路さんがすでに登校していたので早速お返しを渡しに行ってみた。
今日もどうせビビられるだろうけど。なんか申し訳ないな。
「綾小路さん」
「ご、ごきげんよう緑園寺様……」
あれ、そこまでビビられてなさそうだ。
「ごきげんよう。こちら、よかったら受け取って下さい」
すっ、と綾小路さんの机の上に置いたのは先日買ってきたチョコレートだ。ママ上イチオシだ。めっちゃうまいはず。
「頂いたチョコレート、とても美味しかったです。良ければこちらも食べてみてください」
「あ、ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
まだちょっと怯えてるのかわからないが……これぐらいにしておこうか。
会話を切り上げて自席に戻ろうと振り返ると、ちょうど早乙女さんが登校していたようだ。
その早乙女さんはえっちらおっちらと机の中に教科書を入れている。
「早乙女さん」
「あ、緑園寺様。ごきげんよう」
「ごきげんよう。これ、この前のお返しです」
わぁ~、と嬉しそうに顔をほころばせている。可愛い可愛い。
「あ、ここで食べちゃダメですよ?」
「うん! あ、はい!」
可愛い可愛い……。思わず俺も笑顔がこぼれてしまう。
「大事に食べます!」
早乙女さんの純粋な笑顔は五臓六腑に染み渡る。
別に無理して敬語使わなくていいんじゃない? 同い年だし。
とは思うけどそこのところ、実際どうなのだろうか。全然わからないので適当なことも言えない。
「早乙女さんが味わって食べてくれるならそのお菓子も喜ぶと思いますよ」
オジサンに食べられるより可愛い子に食べられる方がお菓子だって嬉しいだろう、なんて思って言ったら早乙女さんがじっとこっちを見ていた。
え、なに? もしかして今のってキモかった?
「あ、う、うん……」
そう言って早乙女さんは顔をうつむかせてしまった。
……うそ、キモすぎた? 思考がキモオジ過ぎたか?
またやってしまったみたいだ。
エリカさん、ごめん。早乙女さんはもう君のことキショキショオジサンとしか見ないかもしれない。本当に申し訳ない……
なんて思いながら自席に戻ると舞浜が登校していたみたいだ。
「おはよう」
舞浜はいつもの調子で朝の挨拶をしてきた。
「おはようございます」
それに俺もいつも通り返す。
やっちまった。正直、これから早乙女さんに避けられたら辛い。ただでさえ避けられて簡単に友達を作れないのに、ここにきて貴重な友人候補を失ったかもしれない。
「はぁ……」先が思いやられる。
「どうしたんだ、朝からため息なんて」
気が付かないうちにため息を漏らしていたらしい。てかなんなんだコイツ。コイツだけ普通に話しかけてくるよな。どういうことなの?
「いえ、なんでもありません。それより、こちらよかったら貰って下さい」
取り出したのは舞浜向けのお返しだ。
「なんだ、なんのプレゼントだ?」
「ダリアでピアノ、わざわざ弾いてくれたじゃないですか。それのお礼です」
「ふーん……気にしなくていいのにな」
「それに、学校に戻ってきてから色々助けてもらいましたし」
舞浜はそうか、と一言いい、封を丁寧に解き始めた。
おい、コイツまさか……
「緑園寺も食べるか?」
いや、ダメだろ。
「教室で食べたら怒られちゃうかもしれませんよ?」
「怒られる? 誰にだ」
「え? 誰にって先生ですよ。授業に関係ないもの持ってきているわけですし」
こんなこと言ってもコイツは止まらないだろうな。
なんて思っていたが舞浜は
「……そうか」
ならやめておくか、と仕舞い始めた。
……なんかコイツ、すごい素直だ。
今のは「ふん、俺に逆らう教師なんていない」とか言いながらお菓子を頬張りだすところだろ?
てか、そういうキャラだったぞ、お前。アニメの世界だと。
ここから、高慢ちきなヤツになるってことなのか?
なにがあったんだろうか、と思案してしまうが、これからアニメ通りになるとは限らない。
結局、俺はいま、どこでなんのために、なにをしているのか。
考えるほど、よくわからなくなってくる。
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