30.悪魔の証明

 自宅に帰ってきてからすぐに自室に入って手帳を開く。

 今日のことを忘れる前にメモして、情報を整理したかった。



 電話番号は間違っていなかった。

 両親が急に固定電話の番号を変えたとも思えない。

 もし、偶然このタイミングで固定電話を解約した、番号変更したとしても、すぐにその番号が再利用されることはないはず。普通は数年期間を置いてから再利用される。


 だが、出てきたのは知らない名字の男性。

 つまり、俺の知ってる実家の電話番号は、俺の憑依以前から、別人が利用していた可能性が高い。


 ここから予想できるのは一つ。

 俺の肉体同様、実家すらも消えてしまったか。


 実家の建物を見ていないので本当に消えたのかはなんとも言えない。

 が、なんとなく、なんとなくだけど予想していた。


 俺の体も消えて、ナンバープレートが消えているんだ。すでに意味不明なことが起きている。だから何が起きても不思議じゃないとは思っていた。

 それでも、俺の形跡はそう簡単には消せないはず。そうだろう。

 人一人を消すのは簡単でもそれ以前の「生きた履歴」を消すには人の記憶まで消さないとならない。いくらなんでも齟齬が生じる。だから簡単じゃないはず。


 だと思ったが、親を消す。

 なるほど、そうすれば「生きた履歴」そのものが存在しなくなる。

 一番手っ取り早い整合性の取り方だ。


 もう一つ、考えていたこともある。

 それはこの世界についての仮説。ここが「アニメの世界」という仮説だ。


 つまり、ここは現実世界と非常に似ているだけで、まったく異なる世界なのではないだろうか、ということだ。

 そう考えるといろいろ辻褄が合う。

「俺」という存在はアニメに登場しない。なのでこの世界には存在しない、とか。それなら実家と肉体が消える理由もわかる。適当なモブに置き換えられたのかも。


 ただ、引っかかるのはあの事故。存在しない人間が運転していた車が存在した理由は?

 そもそも、あの事故自体を無かったことにしたほうが、辻褄が合いそうじゃないか?


 ……そう考えると辻褄が合っているようで、合っていない。この仮説も間違っているのかもしれない。

 まだどこかで俺の家族は生きているのだろうか。それもまだ決めつけることはできない。ただ、一つわかるのは、もう探す方法はないってことだ。

 いや、正確に言えば新聞広告とかなにかしら使えば可能ではあるだろうが……今の「私」がそんな大掛かりなことすれば両親の警戒度が増すだけだ。それに、見つけたところで「俺」を知ってるか知らないか、しか情報を得られない。エリカさんに繋がるとは思えない。



 ペンを置き、背もたれに体重をかける。

 天井を見上げながら、ぼんやりと、以前のことを考えてみた。


 やりかけの仕事のこと、しばらく連絡を取っていないけど仲がよかった友人のこと。

 クリアすることのできなかったゲーム、読みかけの小説、マンガ……

 全部、ちゃんとやりきりたかったという気持ちが少しだけ湧いてくる。

 

 そういえば、パソコンのハードディスクはどうなるんだろうか。破壊しておけばよかった。

 そんな後悔も湧いてくる。


 でも。


 もう二度両親にも会えない、と思うとなにかしらの感情が湧いてくるかと思ったが、何も感じなかった。

 そんな自分を薄情なヤツだと思う。でも、清々したという気持ちもない。

 まだ実感が湧かないのかもしれない。


 そんなことより、これからのことだ。

 これからどうすればいいのだろうか。どういう心持ちで日々を過ごせば良いのだろうか。

 その不安ばかり募ってくる。


 ここはアニメの世界?

 それとも現実?

 それもわからない。


 エリカさんの魂の在り処は?

 そもそも本当にエリカさんは戻ってくるのか?


 戻ってこなかったらどうする?


 戻ってくるはずのない人を待ち続けるのか?


 いつまで?


 一生?


 一生このまま?





 なんで?



 なんで俺がそんなことしなくちゃいけないんだ?



 俺、なんにも悪いことしてないのに。



「頼むよ、エリカさん……」

 思ったよりも悲痛な声が聞こえてくる。

 俺の声。いや、「私」の声だ。


 どうして、俺から体を取り戻してくれないんだろうか。

 どうして、俺があなたの体を乗っ取っているのだろうか。

 どうして、俺に何も教えてくれないんだろうか。


 頼むからエリカさん。


 俺があなたを消していないって。


 殺していないって証明してくれ。



「誰でもいいから、俺を助けてくれ」

 誰にも届かないし、誰にも届けるつもりもない言葉が溢れて部屋の片隅に消えていった。

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