26.三日目夕方~夜
舞浜と海野、二人と一緒に美味しいお菓子とお茶、ハラハラする会話を楽しんでいるところにダリアのお嬢様方がやってきた。
先日のことを心配されたので無事健康体だということと、ピアノ弾いてくれたお姉様に感謝を伝えた。が、みんな心配そうな目をしながら去っていった。
こんなに心配されているとは思っていなかったが……エリカさんは人気者みたいだ。
誰だよ、友達いないんじゃね? とか言ってたヤツ。
俺だよ。
とりあえずピアノのお礼も顔見せも済ませたので長居は無用だ。
これ以上ここにいても舞浜と海野にからかわれて弄ばれるだけだ。エリカさんの今後のことを考えるとあまりよくない気がする。
体調を考慮して先に帰る、と告げて帰宅することにした。
◆ ◆ ◆
帰宅後、子リスさんに制服を脱がされ、今日はシンプルなワンピースを着込む。でも小さな刺繍がエグいほど細かいし、着心地が最高なので絶対安物じゃない。
そして「私」にめちゃくちゃ似合ってる。元が良いからシンプルなもので十分という理論が実証された。
鏡を前にして「私」の美しさに改めて驚いている現在時刻は午後二時半。
ゆっくり思考を巡らせる時間が得られた。
今日一日を振り返りながら手帳に記していく。
今朝の早乙女さんお菓子パクパク事件。朝っぱらからやらかしてしまった。
あのときの周囲の子たちの目線。痛いほど感じた。明らかに異質な行動を取ってしまっていたのだろう。
それはどう考えても「教室でお菓子を食べる」という非常識な行為だ。というかそもそも学校にお菓子を持ってきていいのか、という疑問もあるが。
しかし過ぎてしまったことは仕方がない。とにかく俺のせいで早乙女さんの評判が落ちることだけは避けたい。可哀想だから。
舞浜は……まぁ大丈夫だろう。なんかそんな気がする。
というか思い返してみると、なぜ舞浜は普通にお菓子を食べたのだろうか。アイツ基準では別に変じゃない、ということだったのか。
アイツはなんか別格感あるしまぁそんなもんかもしれない。アレは逆に常識が無いパターンだろう。カップ麺の値段も知らなさそうだ。知らなくていいんだけど。
舞浜で思い出したが、やはり回避が難しい。それがよくわかった。
今日一日で舞浜から逃れようと考える間もなく、舞浜と会話する機会ばかりだった。
席も近く、ダリア組員(?)だからか当たり前のように話しかけてくる。逃げるには走って物理的な距離を取るぐらいしか方法がない。でも「私」が廊下を走るわけがない。却下だ。
と、なってくると今は現状維持になる。
席替え、というシステムがあの学校に存在するのかわからないが、その機会を待とう。
椅子の背もたれに身を委ねながら天井を眺める。最近見知った天井。
俺がエリカさんに成り代わって学校に通い始めて三日目が終わった。
一日の流れ、学校での過ごし方、親との関係。なんとなくわかってきたことも多い。
以前よりも自然に……「私」にとっての自然なのかはわからないが、俺にとっては自然に振る舞えることも増えてきた。
喜ばしいことなんだが、俺としてはそろそろ「私」に体を返してあげたい。
今日考えることは、明日の行動だ。
そう、明日は日曜日。完全なオフ。
つまり、エリカさんの魂探しにすべての時間を使える。
俺はこの日でエリカさんの魂探しの取っ掛かりをつかもうと考えている。
一度情報を整理しよう。といっても、整理するほどの情報はないんだが。
まず最終目標はエリカさんの魂をこの体に戻すこと。
ではそのエリカさんの魂をどうやって見つけるのか。そこが問題だ。まったく見当がついていない。
さっきから頭を悩ませているし、授業中も暇があれば考えるようにしていたが……閃きもなにもない。
つまり、手詰まりだ。
だが、一つだけ繋がっていそうな存在がある。
それが「俺」だ。正確に言うと「俺の存在」だ。
入れ替わりが発生した直前の事故相手で、なぜかエリカさんの体に入った「俺」が無関係とは思えない。
……そう、無関係ではない。だが、エリカさんの魂の居場所に関係あるとは言い切れない。
むしろ、意味がない可能性のほうが高い。当たり前だが、「俺」の存在がエリカさんの魂に紐づく理由がないからだ。
だが、正直に言ってコレ以外調べられそうな当てがない。
他にエリカさんと繋がりがありそうなモノや場所に関しては親や使用人、他人に聞くしか無い。そうなれば怪しまれる可能性が高まる。だからこれらは最終手段だ。
まずはなんらかの関係がありそうな「俺」を調べる。俺の体は消えてしまったようなので、正確には「俺が生きていた痕跡」を探していく。
例えば親の存在、学校や会社の在籍記録。痕跡が必ず残っている。
まずはこれを調べて、追跡していく。その調査の過程でなにか見えてくるかもしれない。そしてできれば会社には長期休暇の連絡を入れたい。普通に迷惑してるだろうし。
親にも一応連絡しておかないと事件だと思われる。いや、実際事件ではあるんだけど。
最初は親に連絡してみようと思う。というか実家の電話番号ぐらいしか覚えている番号がない。
本当に携帯電話様々だ。
そこで問題だ。
この家の固定電話、いわゆる
果たしてそこから「俺」の実家に電話をしてもいいのだろうか?
椅子の背もたれに体重をかけて天を眺める。小学生の体重なんてなんの負荷でもないのだろうか。ギシともキシとも椅子は言わない。
家電から電話……う~ん、どうなんだろうな。
エリカさんが家電を使って連絡する、なんてこと今まで無かったはずだ。なんせ小学一年生なんだし。
そうなれば当然その行動は怪しまれる。そうなれば掛けた番号も調べられる。不審でしかない気がする。
発信履歴を消去する方法もあるのかもしれないが、俺はやったことがない。ので可能かどうかわからない。
履歴が残る可能性もあるし家族や使用人の方々に見られる可能性があるなら家電を使うのは危険性が高い……感じがする。
履歴が残らないで連絡できると言えば公衆電話だが、近場のどこにあるのかもわからない。そんなものを探し続けることはできない。
というか、エリカさんが自由に出歩けると思えない。
公衆電話に行くとしても、そこまでお付きの人が必ず付いてくる気がする。そしてどこかに電話を掛ける「私」。確実に親に報告されるだろう。
使用人の人の携帯電話を借りる、というのも考えたがコレも同様だ。履歴も残る上に、自分の電話でどこかに電話していたと親に報告される可能性が高い。
じゃあ自分のスマホを買ってもらう、なんてのはどうだろうか。
これならある程度自由に使える。自分のタイミングで連絡することも可能だ。
……いや、これにも問題はあるな。
一つ目は、なんのためにスマホ買うのか、という問いに明確な答えを出せない。また両親に嘘をつかないとならない。
送迎もあるし、母親はだいたい家にいるみたいだし、連絡する相手がいない。
連絡したい友達がいるなら説得力も出てくるものだが……まだ小学一年生だし同学年でスマホ持っている子はいるのだろうか。早乙女さんあたりに聞いておけばよかった。
一応、もっともらしい買う理由を挙げるなら「最新技術に触れてみたいから」とかが賢い小学生らしいだろうか。
二つ目に、小学生一年生である「私」のスマホなので親の管理が入ってもおかしくないという点だ。つまり、電話した履歴を発見されてもおかしくない。
もちろん、発信履歴を削除すればいいだろう。だが、俺はスマホの発着信履歴を削除した記憶がないので、消せるかわからない。削除できないならバレる危険性も捨てきれない。
そもそも、端末上で消せる履歴は、端末で表示されないようにする程度で、通話した履歴そのものまで消せないはずだ。
つまり通信キャリア元で発着信履歴を調べられたりすれば……さすがにそこまでしないとは思うが。
ふぅ、と一息着きながら考える。
小学一年生の体、というのは厄介だ。あまりにも動き辛い。ただ電話一本するためだけに手段をこねくり回さないとならないなんてな。
なんて考えていると一つの案がふわふわと浮かんできた。
「おっ、これならイケるんじゃないか?」
思わぬ名案に自然と言葉が漏れた。なんとなく、これなら大丈夫、なんて思った。
その案を夕食の時間、直談判しに行こうと決めた。
◆ ◆ ◆
今日のメニューは貝やら魚やらがスライスされてレモンオイルぶっかけられたヤツと、焼いた牛肉の上におハーブみたいのが乗ったヤツ、あとなんかめっちゃうまそうな匂いのするコンソメスープ。
他にも色々あるけど、これ全部キッチンに立ってる使用人さん一人で作ってるんだろうか? いつも通り上品で旨い。
夕飯に舌鼓を打ちつつも、先程の名案を切り出すことにした。
「お父様、お母様。明日はお買い物に行きたいです」
あら、と興味深そうに「私」の顔を覗き込みながらママ上は当然の疑問を聞いてきた。
「何を買いたいんですの?」
もちろん、事前に想定した質問だ。
「早乙女さんと綾小路さんにお返しをしたいな、と」
俺は更に言葉を続ける。
「あと……舞浜様にも」
「まっ、ままままま」
ダンディは壊れたが気にせず、続けてこう言った。
「舞浜様には学校でお世話になっていて……あ、快気祝いってことでピアノも弾いてもらったので」
あれ、こうなると上級生のお姉様にも必要なのか?
「ダリアの皆さんにお配りするのもいいかもしれませんね、ご心配おかけしてしまったでしょうし」
ママ上はふふっと笑いながら
「エリカさんも、そういう気遣いが出来るようになったのですね」
子どもの成長を感じてらっしゃる様子だ。だがママ上には申し訳ないが、俺の本当の狙いはそこじゃない。
そう、俺は考えた。そもそも、正当な理由で外に出て、そこから電話をかければいいじゃない、と。
買い物に行き、途中でトイレにでも行くと理由を付けて移動して、お店の人に迷子だからとかなんとか適当な理由をつけて電話を借りる。完璧だ。
「それで相談なのですが、どういうものを買っていいのかわからないんです」
これは本音だ。マジでこのレベルの子どもたちに何を買って良いのかわからない。ちゃんと聞かないで俺の判断で渡すのは危険なのでママ上の判断を仰ぎたい。
「ということで、お母様とお買い物に行ってみたい、と思っているのですが、いかがでしょうか」
「もちろん、わたくしは大丈夫ですわ。うふふ、エリカさんとデートなんて楽しみで今日は眠れないかもしれませんわね」
小首を傾げながら柔和な微笑みをこちらに向けてくれる。やっぱりこの人の笑顔は特別安心する感じがする。「私」の母親だからだろうか。
「エエエリカ、私は要らないのかい?」
正直、別に要らない。居てもいいけど。ただ、さすがにちょっと可哀想だし誘おうか
「お父様にも来ていただけるなら嬉しいです。ただ、せっかくのお休みの日でしょうし、私に付き合わせるのは悪いかなって……」
「そんなわけないだろう! エリカ、遠慮しないでくれ」
本当は遠慮なんてしてなかったけど……まぁいいや。
「ではアキノリさんにもあとで声をかけてみますわね」
アキノリとは兄のことだ。ちなみに兄は今日も夕食の時間にはいない。なぜ夕食の席に居ないかは知らないし、聞けない。「私」は多分知ってることだから。
そんなことを考えつつも、会話の中で疑問に思っていたことを聞いてみた。
「こういうときはどういうお店に行くんですか?」
その疑問にはダンディが答えてくれた。
「色々な人に渡すなら百貨店がいいんじゃないかな。お店もたくさんあるから見て回りながら探せばいいと思うよ」
おお、確かにそうだ。さすがダンディなだけある。
と、いうことで行き先は百貨店に決まった。
明日、俺は「俺が生きていた痕跡」を探す。そこからエリカさんの魂に繋がる情報を見つけたい。あわよくば本物のエリカさんを見つけたい。
いや、絶対に見つける。見つけて、終わらせるんだ。
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