21.腫れ物扱い

 三時間目の授業はつつがなく終わった。

 生活の授業ってなんだっけ、と思っていたけど理科の入門みたいな授業だった。全然覚えていない。


 隣の「前の席の子」は終始居心地が悪そうにしていた。十中八九、俺、というか「私」のせいだ。

 ちなみに「前の席の子」の名前は横見瀬 有喜子よこみせ ゆきこさんと言うらしい。教科書を盗み見て覚えた。

 見た目は黒髪ロングでいかにもお嬢様っぽそうで、お淑やかそうに見える。この学校の女生徒はロング髪が多いし、実際お淑やかな人が多いと思うが。

 ハッキリ言えば、あまり周囲の女の子たちと違いはない。ある意味、この学園における一般的な女生徒っぽさはある。

 ただ、幼いながらに目鼻立ちはくっきりしている。将来美人になるんだろうな、と思わせる容貌だ。


 彼女が「私」に怯える原因を解決できるならしてあげたいが、なにせ原因が自分かもしれないのに、聞くわけにもいかない。

 もし過去のエリカさんがこの子をいじめていたのなら余計聞けない。

 いじめている張本人が「なんで私に怯えるんですか?」と聞いてきたら怖いだろう。


 アニメでも、エリカ様は理由があるとしても、ヒロインをいじめていた。

 元々、そういう攻撃的な性質を持った子だったのかもしれない。だとすれば、舞浜を取られそうになったとき、取った行動として合点もいく。


 ……もしかしたら、他にもこういう子たちがいるんじゃないか?


 思えば、今日の体育も着替えるときに視線を感じた。そしてさっきの早乙女さんにまとわりついていた女の子たちもそうだ。謎の視線を感じるときがある。それは男の子よりもどちらかというと女の子からの方が多かった。


 あれ、被害者の会だったりするのか?


 もしかして、アヤノコウジさんも?



 いや、本当にそうか?

 あの両親からいじめをするような子に育つか?

 相手を攻撃することを良しとする教えをするか?


 ……いや、いじめなんて両親が見えないところでやるんだ。普段の教えとか家庭環境とかそんなものは関係ない。

 いじめることができる対象がいたからいじめただけ、かもしれないし。


 …………いやいやいや、そもそもいじめていたかどうかはまだわからん。

 理由が俺にあるのかもしれないんだから。


 もう少し、様子を見よう。



 ◆ ◆ ◆



 教室に戻り、四時間目の準備をする。次は算数だ。

 そしてこれが終わったらメシの時間。もうこれしか楽しみがない。唯一の癒やしの時間だ。待ち遠しい。

 男子小学生みたいな思考になっている。体は女子だが。


 しかしどうすれば横見瀬さんを恐怖から解放して上げられるだろうか。横見瀬さんの背中を見つめながら考える。

 俺としてはいじめる予定は絶対ないので、放っておけば時間が解決してくれる、という可能性もあるんだが、いじめられた恐怖や傷は早々なかったことにはならないだろう。


 もうエリカさんがいじめていた前提で考えてしまっているが、本当はどうだったかわからない。これも困ったものだ。

 結局のところ、皆が怯えている理由が曖昧だ。もしエリカさんがいじめていたのであれば、解決してあげたいところだが……


 ……いや、考え方を間違えていた。横見瀬さん含め、他の子たちが以前のエリカさんによって心の傷を負っていたとしても、俺には関係ないことだ。

 一番重要なのはエリカさんの立場や今後のことであって、この子を救うことじゃない。もちろん、助けられるなら助けたいが。

 優先順位を間違えないようにしたい。


 俺としてはクラスの誰に話しかけても怯えないで質問に答えてくれるようになってくれれば、それでいい。

 まずは俺のためにもニュートラルな関係にしておきたい。その方が今後の学校生活で気がかりな部分を減らせる。俺が楽になる。

 それ以上、深い仲になるつもりもない。


 なんて考えていると授業が始まった。



 ◆ ◆ ◆



「今日はグループを作って、みんなで問題について考えてみましょう」

 グループワークをやるようで、四人一組が先生によって発表されていく。こういうのって近くの人でいいんじゃないか、と思うが。

 舞浜と一緒のグループになれた女の子は小さく悲鳴を上げていた。嬉しそうでなにより。でも「私」の名前が上がった瞬間、教室が少し冷たくなったような気がする。なんなんだマジで。


 グループメンバーが決まり、私の席の周りに集まりだした。

 名前の知らない女の子二人と、アヤノコウジさんだった。なんかごめんね、アヤノコウジさん。


 私の席を中心に、近くの席をくっつけてテーブルの島を作る。

 一人の女の子が、舞浜の席を動かすことに躊躇していた。その姿は「クラスのアイドルの席を私なんかが触っていいのかしら」って感じに見える。

 おじさん一歩手前になった今なら席ぐらいでなんだ、という気持ちもあるが、気持ちはわかる。俺もそういうの気にしちゃう派だった。

 なんて思って見ているとその子がこっちを見ておずおずと「緑園寺様、お座りになられますか……?」と聞いてきた。俺が舞浜の席に座りたそうに見えているのだろうか。

「いえ、大丈夫です。そこの席は座りづらいですか?」

「あっ……はい」

「舞浜様は誰が座ったとか、そんなこと気にしませんよ。器の大きい人ですから」

 ついでに舞浜の株を上げておく。色々教えてくれたお礼だ。

 観念したのか、舞浜の机を持ってきてくっつけ、席についた。なんだか居心地が悪そうだ。


 グループワークが始まった。

 内容は三桁の筆算の穴抜き問題。


  574

 +3□□

  ̄ ̄ ̄ ̄

  □60


 この四角に当てはまる数字を導き出した考え方をグループで共有するらしい。

 ……小学一年生でこんなこと、やっただろうか。まったく覚えていない。てか昨日二桁やってたのにもう三桁に行くの?


 まぁさすがにわかる。


  574

 +386

  ̄ ̄ ̄ ̄

  960


 だ。


 こうやって計算を見るとすごくいい問題に見える。一の位の答えが0になっているので、4に足して10になる数字、つまり6が入ることがわかる。

 十の位は繰り上がった1と7を足して8、この時点で答えに入っている6をオーバーしているので、この6は16の6だ、とわかる。つまり、8に足して16になる数字、8が入る。そしてさらに繰り上げて、最後の百の位の答えを出す。

 この問題のいやらしいのは、最初に百の位の計算が見えてしまっているところだ。だから最初に百の位の答えを埋めてしまいたくなる。でもそれだと計算が合わない。

 筆算の順序を理解しているか、という確認にもなっているのだろう。


 大人になって小学生の問題を見ると、ちゃんと考えられて問題が作られているのがわかって少し感動する。


 さて、同じグループの子はどうなんだろうか、と見てみるとまだ考えているようだ。他のグループはお互いに相談しながらやっているみたいで話し声も聞こえてくる。

 だが、うちのグループは誰も、一言も喋らない。


 これは俺が会話を回したほうがいいのだろうか。それとも黙っていたほうがいいのだろうか。

 ……まだ考えているみたいだし、黙っておくか。



 なんて思っていると先生が「そろそろグループごとで話し合ったことを発表してもらおうと思います」とか言っている。

 うちのグループ、一言も話し合ってないです。さすがにマズイので声をかけようとしたところ、一人の女の子が切り出した。


「みなさん、いかがでしょうか」

 舞浜の机をどうするか迷っていた周防 舞すおう まいさんだ。

 もう一人の子は西坂 千尋にしざか ちひろさん、アヤノコウジさんは綾小路 彩香あやのこうじ あやかがフルネームらしい。なぜわかったかと言うと、お得意の教科書盗み見だ。


 周防さんが口火を切ってくれたお陰で少しずつ会話が弾み始めた。みなそれぞれ考えを述べている。

 みんなさすがで正答している。そして自分たちの考えが大体一緒だということが確認できたようだ。

 発表までに間に合ってよかったよかった。


「発表者も決めておいてくださいね~」と先生の声が聞こえてきた。ということで発表者も決め始めた。今回は周防さんがやることに決まった。


「緑園寺様、よろしいでしょうか」

 周防さんが「私」に確認している。もちろん問題ない。俺は「はい、大丈夫です」と答えた。




 いや、本当は大丈夫じゃない。

 なぜか。


 それは、この間、俺は一切関与していないからだ。というか今の最終確認しかされていない。

 そう、問題の解答の考え方すら聞かれなかった。


 なんというか、空気のように扱われている。ちょっと普通に傷ついた。

 待っている間、暇だったのでどう考えたのかを自分なりにまとめていたのに……めちゃくちゃやる気あったのに……


「緑園寺様、発表者がやりたかったですか?」

 周防さんが気を使ってくれている。

「いえ、大丈夫です……」

 空気扱いってこんなに心苦しいんだな……


 あれ、これエリカさん、いじめられてるのか?

 いや、でも雰囲気はそんな感じじゃない。なんだろう、この違和感。


 メンバーを見渡してみる。綾小路さんは……目をあわせないように逸された。なんか申し訳ない。

 西坂さんは……目が合った。すると途端にあわあわしながらノートに視線を下げて、なにか書いているフリを始めた。

 そのとき、消しゴムに手をかけたときに弾き飛ばしてしまい、落としてしまった。ので俺が光速で拾い上げる。仲良くなるチャンスだと思った。

「はい、西坂さん」

「あ、ありがとう、ございます……」

 と言いながら、伏し目でこちらを見てもいない。明らかに関係性を持ちたくない、という感じの雰囲気だ。





 わかった、これ、腫れ物扱いだ。



 ◆ ◆ ◆



 四時間目が終わり、悲しみのグループワークも共に終わった。

 次はメシだが、まったく気乗りがしなかった。


 端的に言えば萎縮。「私」に対して萎縮している。

 それがクラス全体、特に女の子たちの間に蔓延っているように感じる。


 消しゴムを拾って、まさかあんな目をされるとは思わなかった。

 エリカさんになって、一番のショックだ。普通に拒絶されている。


 食堂へ移動しながら、なぜかを考える。

 最初はダリアだからか、と思った。だが、舞浜も海野もここまで萎縮されているように見えない。「私」だけだ。

 だったら「私」に問題があった、としか思えない。


 なぜ萎縮するのだろうか。

 その人に対して……恐怖している、なにかされる、と思っている?

 暴力? 権力?


 ……もし、エリカさんが権力を笠にいじめをしていたと仮定してみよう。 

 ・いじめられていた人→怖がる

 ・その他大勢の人→自分がターゲットになりたくないので萎縮する

 ・権力がある→全員なんも言えない


 ……辻褄が合うぞ。


 ただ、最後の権力についてはわからない。

 ダリアに入っているということは他の子よりもおうちパワーは高いのだろう、という仮定でしかない。

 そもそも、ダリアの加入条件がわからないのでなんとも言えないのだが。

 

 うーん、考えれば考えるほど、エリカさんが悪いことしてた感じがする。



 食堂の自席に座り、給食を食べる。今日もうまい。何を食っているのかわからないが、とりあえずうまい肉だ。

 斜め前の子も美味しそうにしている。あの子なら話が通じるのでは、と思って目が合うのをじっと待っていると、あからさまに居心地の悪そうな顔になっている。


 ……もうだめだ。誰も「私」と話すつもりはないようだ。


「なにを睨んでいるんだ?」

 舞浜に指摘された。

 睨んでないです。見ているだけなんです……


 てかなんでお前は話しかけてくるんだ?



 ◆ ◆ ◆



 やっと学校が終わった。

 考え事はしていても、給食はうまかった。満足した。

 今日も舞浜からダリアに来るか聞かれたが、今日はすぐ帰る、と伝えておいた。

 アイツ、来るかどうかわざわざ聞いてくれるとかやっぱりいいヤツなんだよなぁ。一生高校生にならないであのままでいてくれ。


 帰りの車の中で思い出す。

 体育で感じた視線、前の席の子の怯え具合、萎縮された結果、空気扱いされるグループワーク。

 何が原因なのか、明確なことはわからない。だが、今日一日でずっとちらついていることはある。エリカさんが権力を使って誰かをいじめていたのではないか、という疑念だ。


 本当にいじめていたのなら最悪だ。

 これから俺は声をかける人間すべてに、「私」がいじめたかもしれない、と思いながら気まずい思いをしなくてはならない。

 それに、下手にこっちから話しかけて、その子がエリカさんにいじめられていた子だった場合、その子からすると圧をかけられているように感じるだろう。


 圧?


 プレッシャー?



 あの朝、綾小路さんが泣いた日。そうだ、言われた。名前も知らない男子に。こう言われた。

「あんなプレッシャーかけるなんて……」


 あれ、あの日、俺は……プレッシャーをかけていたか?

 でもあの日、綾小路さんから話しかけてくれたはず。

「心配してました」って言われたから、「ご心配をおかけしました」だっけ。そう言った。


 いじめている側が「ご心配をおかけしました」と頭を下げてきたら……?


 確かに怖いかもしれない。

「本当は心配なんてしてなかっただろ?」「私がいなくて楽しかったか?」とも取れなくもない。とんでもなく高度な皮肉だが。


 いやいや、小学一年生がこんな皮肉を理解できるのか?


 ……小学一年生であの3桁の筆算が解ける子どもたち。そういう可能性もあるのかもしれない……


 あの日、初登校で綾小路さんに泣かれた、謎が解けたかもしれない。

 最悪な形で。

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