20.疑惑
早乙女さんと一緒に話しながら教室に戻る。
彼女の拙い話しぶりは、完全に子どもと話している、と感じる。
舞浜みたいに、俺の男性性に対する圧がない。正直、安心して話せる。
ちなみに早乙女さんがジャージを忘れた理由は「入れたと思ったら入れてなかった」みたいだ。
「自分で準備しているんですか?」
「うん。あっ、はい! 今日は自分で準備しました」
敬語が苦手なのか、たまにタメ口になる。早乙女さんの家のレベルがわからない以上、俺もタメ口いいですよ、と言うわけにもいかないのが世知辛い。
「自分で準備するなんて偉いですね」
「忘れちゃったけどね」
えへへ、と目尻が柔らかく下がった笑顔を向けてくる。
俺はその顔から顔を逸して、歩く先、進行方向にゆっくりと視線を向ける。
俺の頭の中は「かわいい。めで倒してやりたい。お腹いっぱい食べさせてあげたい」で埋まっていた。
早乙女さんはハッとなにかに気づいたように口を開いた。
「あ、あの、緑園寺さん、ごめんなさい」
申し訳無さそうな顔をしていた。なんで?
「どうして?」
「は、はじめてお話したのに、な、なんか、よくないかなって……」
……? これは馴れ馴れしくないですか? ってことだろうか。
「いえ、そんなことありませんよ。むしろお話してくれて嬉しいです」
本心だ。これぐらい子どもなら正直楽だ。
エリカさんの社会的評価のためにも、ぼっちよりも友達の一人ぐらい居たほうが都合良さそうだし、と打算的なことしか頭に浮かんでこないのは早乙女さんに失礼かもしれないが。
そういえば、名乗ってないけどよく名前知ってたな。俺なんて緑園寺って呼ばれても自分だと気が付かないときすらあるのに。
「そういえば名乗っていなかったですね。緑園寺 恵莉夏です」
「さ、早乙女 マユです」
ぺこりと頭を下げてくれる。二回目の自己紹介。ご丁寧にありがとうございます。
「でも早乙女さん、私の名前を知っていました?」
「ゆ、有名なので……」
有名なのか。なぜかを聞いても、ちょっと言いづらそうな、困った顔をしていた。
俺の知らないエリカさんは何をやらかしたんだろうか。
気がついたら教室の前だった。
「じゃ、じゃあ、緑園寺さん、わたしはこっちなので!」
「はい、ありがとうございました」
小さくおじぎをする。
「えっ!? あ、ありがとうございました!」
驚かれた。まぁ確かに一緒に歩いただけでありがとうございましたはおかしいか。でも本心だったので出てしまった。そんな驚かなくたっていいと思うけど。
自分の席に着いて早乙女さんの姿を目線で追う。
早乙女さんは教室の右から二列目、前から二番目の位置だった。座っていると俺からはあまり見えない。
今気がついたが、昨日泣かれてしまったアヤノコウジさんが一番右の一番前だ。
もしかしたら席はあいうえお順で並んでいるのかも。つまり、アヤノコウジの「あ」から早乙女の「さ」までの間の人たちは「あいうえおかきくけこさ」までのどれか、と推測することができる。
などと真剣にアホらしいことに思考の時間を割いていると、早乙女さんに数人の女子が話しかけていた。チラチラとこっちを見ている。
声は聞こえてこない。相当小さい声で話しているようだ。
こういう風なことをされると、なにか悪いことをしたんじゃないか、と思ってしまう。これは俺の心が弱いからなのだろうか。
なんだか嫌な気持ちになるので見ていないフリをして、国語の教科書を読んでいることにした。
高校生ぐらいのころは小説が好きだった。ネットで名作を調べて興味を惹かれたものを片っ端から読んではその世界に浸っていた。
働き始めてからはあまり読むことが無くなった。
日々の疲れから休日に文字を読むことが辛くなってきた、というのもあるが、もっと単純にもっとインスタントに楽しめて、面白い娯楽に溢れてしまったからだ。
ぺらぺら、とページを捲る。
小学一年生の教科書なのでさすがに面白い小説は乗っていない。ひらがなばっかり。
それでも、国語の教科書は面白い。全教科書の中で一番面白い。
思い返せば、昔から国語の教科書が好きだった。
国語の教科書は、文科省が選んだ小説・評論ベスト集だと思って読んでいた。手持ち無沙汰なときはいつも読んでいた気がする。
この学校でも国語に関しては一般的なレベルの進み具合なんだろうか。
『おむすび ころりん』とか懐かしいな~、なんて思いながら読み進めているといつの間にか二時間目の授業が始まっていた。
◆ ◆ ◆
二時間目の授業が終わり、小休憩の時間になった。
次は生活だ。生活ってなんだっけ、なんて思いながら予習がてら教科書チラ見していると
「りょ、緑園寺様、き、昨日はありがとうございました。こ、これ……」
アヤノコウジさんだった。昨日貸したハンカチと、お菓子だ。
おーー、お返しにお菓子付いてくるとお嬢様っぽいな、なんて感動してしまった。ありがたく受け取っておこう。
「いえ、大丈夫ですよ。こちらこそ、勘違いさせてしまってごめんなさい」
「いっ、いえ、ご、ごめんなさい!」
頭を振って急いで自席に戻っていった。
お菓子は箱の包装からすでに高級感をこれでもかと主張している。
筆記体で何語なのかすらわからんけど多分店の名前なんだろう。中身もわからん。全然わからん。
あとで食うか、とカバンに仕舞っておいた。
……あの子、「私」にビビりすぎではないだろうか。なんか申し訳ないな。全然悪いことしたとは思ってはいないんだけど。
さて、次の授業の準備をしようか、と教科書を取り出して教室を見渡すと人がほとんどいなかった。ちょうどアヤノコウジさんも教室から出ていった。
あれ、もしかして違う教室なのか? 視聴覚室とか?
マズイ、俺、他の教室の場所を知らない。そもそもどこで授業するのかすらわからん!
早乙女さん、はいない。舞浜、もいない。海野、もいない。
クソ、聞ける人がいない。どうしよう、と思っていると三人グループの女の子たちが今まさに、教室を出ていった。
……この子たちをストーキングさせてもらおう。申し訳ないが。
少し距離を取りながらゆっくりと歩いていく。あくまで自然に。
だが、その子たちは全員、トイレに入ってしまった。困った。
この子たちが出てくるまでどこかで隠れる、なんてさすがに「本物」っぽくてやりたくない。
それも誰かにバレたら終わりだ。自分のクラスの女の子をストーキングする変態お嬢様扱いされてしまう。
あー、どうすっかな……と思っていると俺の前の席の子がやってきた。
もうこの子に聞くしかない。聞いたほうが安全だ。
「あの、次の授業なんですが、教室はどこでしたっけ?」
「あっヒッッ、り、理科室です!」
めちゃくちゃ怯えている。なんで? そんなキモかった?
「あ、ありがとうございます」
俺がお礼を言うと逃げるように早足で移動していく。
それに俺も離されないように等間隔でついていく。傍から見たら「本物」かもしれないが置いていかれた結果、迷って授業に遅れるよりはいい。
そう遠くないところに理科室はあった。
前の席の子の移動速度は結構早かった。「私」はもう息が上がっている。体力不足だ。
変なところで汗をかいてしまった。てかもう体力的に疲れた。さっさと座りたい。
……どこに座っていいのかわからん。が、前の席の子が座った場所の隣が空いていた。
出席番号順、四人ずつで一つのテーブルっぽいから多分あそこだ。
俺が近づくと前の席の子は小さくヒッと怯えた声を上げた。なんて失礼な子だ。ちょっと早足で追いかけただけじゃないか……
しかし、アヤノコウジさんもこの子もいくらなんでも怯えすぎじゃないか? 俺がなにをやったというんだ? この子にはまぁ、心当たりがあるけど。
……まさか、「私」がなにかやったのか?
俺の知らない、四月の時点で。
まさか、いじめていたとか?
エリカさん?
そんなことないよね?
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