もしもし地球人

半ノ木ゆか

*もしもし地球人*

 研究室の集まりが終ると、彼女はいそいそとアパートの自室に戻ってきた。机の上には、顕微鏡や小さな植木鉢が所狭しと並んでいる。椅子に腰掛け、シャーレにぽつんと入っている光の粒に声をかけた。

「もしもし、フォスター人さん」

 光の粒から、いつものように返事が聞こえた。

「もしもし、地球人さん」

 彼女がこの不思議な粒を拾ったのは、三年前のある日のことだった。

 大学の近くの山で植物採集をしていると、誰もいないはずなのに、草むらから話声が聴こえてきた。目を凝らすと、青色に輝く砂粒のような物が落ちている。アパートに持ち帰って顕微鏡で観察し、彼女は我が目を疑った。粒の正体は、超小型の宇宙探査機だったのだ。

 探査機の通信機能を使って毎日やりとりする内に、いろいろなことが分ってきた。この探査機を造った青年は、天の川銀河のペルセウス腕にある、フォスターという衛星に住んでいた。彼は大学で宇宙生物学を専攻していて、授業の一環として、無数の探査機をオリオン腕に向けて飛ばしたのだ。そのうちの一つを、彼女がたまたま拾ったのである。

 探査機は映像こそ送れないが、お互いの音を瞬時に届けられる。また、未知の言語も正しく翻訳する機能がついていた。おかげで二人は、まるで相手が目の前にいるかのように、他愛のない話で盛り上がることができるのだった。

「実は俺、今度地球に行くことになったんだ」

 彼の言葉に、彼女は驚いて立ち上がった。

「本当に?!」

 彼も嬉しそうに言った。

「地球の生物について卒業論文を書くと言ったら、教授が渡航許可を出してくれたんだ。ワープを繰り返せば、地球の単位で五日後に着くはずだよ」

 夜空の星を見つめ、彼女は感慨深そうに言った。

「とうとう会えるんだね……。でも、お互いの姿形が全然違ったらどうしよう。私、昆虫は苦手じゃないんだけど、もし君がゴキブリみたいな見た目だったら、ちょっと困るかもしれない」

 心配する彼女に、彼は「ふっ」と笑った。

「考え過ぎだよ。話を聞く限りだと、俺たちは結構似た見た目をしてるらしいから。それに、俺たちはもう友達じゃないか。君がどんな姿でも、俺は君を嫌ったりしないよ」

 それから五日間、彼女はどきどきしながら日々を過ごした。スーパーマーケットや図書館に行ってみたり、地図を見ながら、一緒に巡りたい場所を紙に書き出したりした。

 そして、約束の時が来た。

 よく晴れた日曜日だった。部屋には植物園や水族館の入場券、地球の歴史について書かれた本などが並べられている。フォスター人にとって毒となる成分が含まれないよう、特別に作ったお菓子も用意した。待っているあいだ、期待と不安がかわるがわる押し寄せた。

 彼は探査機の居場所を知っている。高い技術をもっているから、迷わず彼女の部屋に来られるはずだ。けれど、日が暮れてカラスが鳴き出しても、窓の外に宇宙船が現れることはなかった。

 白い小蠅のようなものが一つ、卓上燈のまわりを飛び回っている。

 しょんぼりして布団に潜ろうとしたその時、蚊の鳴くような声が聴こえた。

「もしもし、地球人さん」

 探査機から出た声ではなかった。部屋をきょろきょろと見回していると、また彼に呼びとめられた。

「顕微鏡を見てみなよ」

 試料台に、白い点のような物がくっついている。接眼レンズを覗き、彼女は「わっ」と声を上げた。白く見えたのは、驚くほど小さな宇宙船だったのだ。その傍に、賢そうな目をした二本足の生き物が立っている。

 フォスターから来た彼は、拡声器のような道具で彼女に伝えた。

「声しか届かないから、知らなかった。まさか、こんなに体の大きさが違ってただなんて……。俺、だいぶ小さいけど、これからも友達でいてくれるかな」

 彼女は嬉しさを嚙みしめ、大きく頷いた。

「そんなちっちゃいこと気にしないよ。これからもよろしくね!」

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