#41 山を下る

 金髪短髪少女は拾います。

 

 道に散らばった角鹿の角をかき集めて、背中の籠にのせ、裾についた土を落とします。


 おおざっぱながらも、

 角拾いを手伝ってくれた辺り、

 お姉ちゃんは悪い人ではないのでしょう。

  

 2人は、

 歩幅を合わせて、

 山道を下っていきます。


 その一歩目は足ではなく、私の口からとなります。


 「えっと......お姉ちゃんの名前は何というのでしょうか」

 「よーく聞いたくれた。私の名前はリン、よろしくな」


 赤の僧衣に手をあててリンと名乗った女性は、満足そうに答えます。

 

 「リンさんは」

 「むっ」

 「リン姉ちゃんは、なぜ私を妹に?」

 「よきよきだな」

 

 口に出しても、頭がおかしい文章ですね。


 人生で二度は口にすることがない疑問でしょう。


 いや、人生で姉が生えるということ自体珍しいものではありますが。


 「妹から龍の匂いがしたってやつだ」

 「龍? 竜ではなくて」

 「はっ、あんなプライドが生きている奴らみたいな匂いがするか」


 この世界、龍だけではなく、竜もいるんですか。

 

 竜と竜、字だけが違う生き物ですが、

 実際に相対してみると、形の違いとか、

 動き方とかに驚くことになるのでしょうか。


 「いいか、私たちは龍だぞ。間違えるなよ」


 リン姉ちゃんは鼻に指をあて、真剣に語ります。


 ですが、二の句からは口角が上がっていました。


 「しかも───私に近い龍の匂いだ」

 「それが?」

 「親族が馬鹿をやった可能性が高い」

 「つまり」

 「滅多にない面白大事件ということだッ」


 カッカカと笑いそうな笑顔で彼女は話を終わります。


 今の話、どこに面白い要素があったのでしょうか。


 (やはり人とは違う感性の持ち主、という理解が正しそうです)


 昔の記憶は混濁していますが、

 そもそも家系図に龍はいないハズですし、

 研究所で体に混ぜられたとみるのが妥当でしょう。


 「ところで、龍ねぇあたりでどうでしょうか?」

 「何がだ」

 「呼び方です」


 リンお姉ちゃんには、まだそんなこと考えてたのか、みたいな顔をされます。


 思考の片隅でしっくりくるのを探していただけなのですが。


 (妙な会話の歯切れの悪さを感じます)


 いつもなら響くように返答されると思ってしまいます。


 「お姉ちゃんが至高だが、妹の好きにすりゃあいいさ」

 「では、リンねえ、で」

 「まったく、どいつもこいつも似たような名で呼びやがる」

 

 本当に血は争えなさそうだなぁ、っと呟くは龍ねえの談。


 私としてはしっくりときた呼び方にしただけなのですが。


 (誰かを参照にして決めたわけでもありませんし)


 「だが気を付けろよ、名前ってのは思ったより厄介なもんだ」

 「厄介とは」

 「純白の物に下手な名前を付けて見ろ、それこそ爆発することになる」

 「龍ねえ、意味が分かりません」

 「嫌でもそのうち分かるようになるさ」


 龍ねえは楽しそうに指を回します。


 「ほら森をぬっけぞ」


 森の木々の間から差し込む光が強くなってきました。


 2人の足取りはまだ続きます。


 ◇◆◇


 森を抜けた先には、穂が揺れる農業地帯。

 

 農地の中心に聳えるのは町の存在を示す───関所。


 外見は木で組まれた門は、外敵を阻むというより目印の役割が大きそうです。


 「そこのお前ら......ってリンさんでしたか」

 「おー、今日も元気にやってんなァ」


 門番はフサフサした犬耳の方ですね。


 特に鎧を着ている訳でもなく普段着で、槍は門に立てかけてありますね。


 「そちらの方は」


 「私の妹だ」

 「龍ねえの妹です」

 

 個人的にはかなり無理がある設定だと思います。


 龍ねえは赤交じりの白髪、私は金髪。

 背丈は姉妹でごまかせそうな気もしますが、

 顔の輪郭は女性ということが一番共通してそうです。


 「そ、そうですか」


 威圧されたように納得する門番。


 きっと前にいるリンねえの顔は酷いのでしょう。


 門番の視線は龍ねえに釘付けですし。


 「一応、町に入る理由と名前だけは調書したいのですが」

 

 いっそ威圧が強くなった気がします。


 「あー?」

 「き、規則なので」

 「なら仕方ないですね」

 

 流石に門番がかわいそうになってきました。


 彼目に見えるぐらい汗かいていましたし、龍ねえは想像以上に怖い生き物の様です。


 「口頭でも大丈夫でしょうか?」

 「構いませんよ」


 門番に近づき、

 私は会話を始めます。

 後ろからの龍ねえの圧は確かに感じますね。


 水を得た魚の如く門番は、仕事にかかります。


 「では、名と目的をお願いします。」

 「名は来来、目的は角鹿の角の買取です」

 「角は背中ので全部ですか」

 「そうですね」


 一通り体を見られた後、つけているポーチで門番の目が留まります。


 なんの変哲もない小物入れに利用しているポーチです。


 中身は大半が川で流されてしまった、が付きますが。


 「ポーチの中を確認しても?」

 「構いませんが......?」


 門番はポーチを触り、

 じっとにらんだんだ後、

 私の手元にやさしく返してくれました。


 「すみません、妙な疑いをかけてしまって」

 「いえ、気にはしてませんが」

 「昔から、変なものを持ち込もうとする輩はいるもんで」


 たかが小さなポーチに入るモノなんてしれていると思いますが。


 違法な薬物や、拳銃のような危険物に対する規律が異世界においても有るのでしょうか?


 「買取までの案内は......」

 

 後ろからのジトっとした龍ねえの視線を感じます。


 今度は門番だけではなく、私も対象の様です。


 「リンさんがいるので大丈夫そうですね」

 「だと思います」

 

 大丈夫ではなくても、案内はしてくれるでしょう。


 そんな妙な確信が、何故かあります。


 「さーて、町に入るぞ」

 「えっちょっ」


 急に、

 龍ねえに手を繋がれ、

 町の中に引っ張られていきます。


 門を抜けた先の夏の視線は、二人を熱く優しく照らすのでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る