#32 酒、飲まずにはいられない

 時は過ぎ去り、警備、訓練、睡眠の繰り返しです。


 基地内のカレンダーが少し進んだころ。


 褐色レイニー大尉から、招集がかかりました。


 指定された場所「食堂」には、金髪短髪少女わたしだけではなく六角ナット少女や帽子サニー曹長の姿もあります。


 「さて、訓練生がローテに入り我々にも少しの余裕ができたわ」

 「そうだッキュね」

 「ならばやることは、分かってるわね」

 「全体訓練ですかー?」

 「いや、どうせしょうもないことだッキュ」


 「なによ─────飲み会に決まってるでしょ」


 新隊員のカンパやってなかったものんね。

 パーとやりましょ、パーと。


 褐色大尉の掛け声によって、今回の催しは開かれるのでした。


 ◇◆◇

 【オオモリ城壁基地(食堂)】


 「いい、よく聞きなさい」

 

 ここは異世界の最前線にある基地。

 故に飲み会の時間も、外の警備は必要よ。

 そして基地に居る戦鋼せんこう乗りは4人。


 ─────ここまで言えば分かるわね。


 「別に、見張りを交代すればいいのはないでしょうか」

 「そうだッキュ」


 帽子サニー曹長と自分は同じ意見の様です。


 楽しい時間をつぶしたくないというのは分かります。


 だからこそ協力して、全体の時間を多くとるべきだと思うのですが。


 「酒に酔った状態で戦鋼せんこうに乗れるわけないでしょッ!!」


 褐色レイニー大尉は違うようです。


 「敗北者が全ての警備を引き受けるのは確定よ」

 「でもそれでは4人に1人は飲み会に参加できないわけですがー」

 「自然の摂理よ」


 バッサリと切られます。


 弱者は淘汰される、というのが世界の理ではあるのですが。


 新人のコンパという名目において、世の摂理は適応してはダメだと思います。


 (まあ、上官の命令は絶対なので逆らうことはできないのですが)


 「どうやって選ぶのですか?」

 「もちろんジャンケンよ」

 「こ、古典的な方法ですね」

 「実力が出ていいでしょ」


 ジャンケンに実力は関係あるのでしょうか。


 出す手の組み合わせ的に運の要素が大きいと思います。


 「では、いくわよ」


 「「「「ジャンケン────」」」」


 (かかったわね。ジャンケンに必要なのは動体視力)

 (─────とか、思ってるんだろうッキュなぁ)

 (まあ、パーでいいかー)


 (別に負けても構いませんし、ここは上官に花を持たせましょうか)


 基本的な思考回路だと、力んだ相手はグーを出しやすいそうです。


 ならば、チョキあたりだといいかんじに負けれそうです。


 『─────なに負けようとしている』


 「(ナビィ、いきなりどうしたんですか?)」

 『負けていい勝負などある訳ないだろ?』

 「(ジャンケンぐらいは負けてもいいのではないでしょうか)」


 人間、全ての勝負に勝てるわけでもありませんし。


 『だから貴様は馬鹿なんだ。いいか、今から魔法をかける』

 「(ナビィにしては急な話ですね)」

 『なんとしても勝負に勝て────中級-思考加速魔法』

 

 脳に熱がはしります。


 目を見開いた先には────周囲が少しずつ動いていますね。


 いえ、ゆっくりに感じているというのが正解でしょうか。


 食堂の時計もゆっくり動いていますので、時が遅くなったわけではないようです。

 

 『これで久しぶりの酒、飲み放題と────なん、だと』

 「(褐色大尉の手が凄い速さで変化をしてますね)」

 『馬鹿な、思考加速を限界までしてるんだぞ』

 「(どうします、ナビィ)」

 『ええいッ、気合のグーだ』


  「「「「────ポンッ!!」」」」


 結果は皆がパー。

 私がグーです。


 つまり、私の負けです。


 4人もいるのに、1回で決まるのは珍しいと思います。 


 「ナビィ、すみません負けてしまいました」

 『───────はぇ?』


 幻聴ナビィは妙に静かです。


 整備員の説得により、飲み会には少しだけの参加を許されました。


 ◇◆◇


 そして飲み会当日となりました。

 

 警備を終え戻ってきた金髪短髪少女わたしを迎えたのは。


 散乱する食器。

 乱雑に食べられた食材。

 気絶する隊員。


 「こ、これは」

 「見ない方がいいッキュ」

 

 悲惨の一言ではすまされない状況でした。


 中でも特に目も当てられないのは。

 

 「酒、酒を持ってきなさーいッ」


 と、食堂の中央で暴れ舞う褐色大尉ですね。


 なにかするたびに隊員は吹き飛び、周りはあたふたしていますね。


 よく見れば六角ナット少女も、床に倒れています。


 「キイロッ、追加の酒持ってきなさい」

 「へっ?」


 どうやら矛先は自分にも向くようです。


 ここは大人しく命令に従いましょう。


 反論した場合、倒れている隊員と同じ目に合いそうな気がします。


 「酒は地下の保管庫だッキュ」

 「ありがとうございます」


 帽子サニー曹長の手助けもあり、なんとか食堂を抜け出すことが出来ました。


 酒を取って、また戻って来るのは気が重いですね。


 ◇◆◇


 【オオモリ城壁基地(地下)】


 「酒はここですか」


 相変わらず空気はひんやりとしています。


 酒の棚は、食材の棚の横にありました。


 「どれを持っていけばいいのでしょうか?」


 よく見れば様々なラベルがあり、褐色大尉が望んでいる物が分かりません。


 目についた、ラベルを持っていくことにしますか。


 「あれ────酒の棚の裏にも壁画がありますね」



 こちらは、中央で強調された羽の生えた人が、周りからあがめられています。


 聞いた話だと、羽の生えた人が魔物ハーピィということでしょうか。


 「相変わらず読解力が試される壁画ですね」

 

 細部は、風化で劣化しており読み取ることはできませんが。

 

 儀式を行っている様子を表した壁画ですかね。


 『鳥カスに理解なぞ要らん』

 「前回も思いましたけど、やけに辛烈ですね」


 幻聴が馬鹿にするのはいつもの事ですが。


 名称すら軽蔑的なのはよっぽどです。


 『奴らの歌は、狂気を含む』

 「狂気ですか?」

 『耐性のない者が聴けば、良くて発狂、下手をすれば操られる』

 「それは、恐ろしい話ですね」


 『そうだ────だから滅ぼされた』


 かなり昔のことだ。

 それこそ、剣と盾で魔物と戦っていたころの話。

 今では、ハーピィの魔石には報奨金すらかかっていない。

 

 『だから知識を得ることも、奴らを理解しようとすることも不要だ』

 「そう、なんですか」


 つまり、残されたのはこの壁画だけ。


 壁画に閉じ込められた人たちは、なにを思うのでしょうか。

 

 崩れた天井から差す月明かりが、壁画をなでるだけです。


 「まだ、いたのッキュか」


 不意に、声が届きます。


 「─────サニー曹長、ですか?」

 「上のレイニーは、もうかんかんッキュよ」

 「すみません。思いをはせていました」


 気づかぬうちに、そんなに時間がたっていたのですね。


 壁画について、深く考えすぎたようです。


 「思い?」

 「壁画に記されている魔物ハーピィは絶滅したと聞いたので」

 「ああ、そうッキュね」


 「狂気の歌を持っただけで─────」

  「─────歌に狂気なんて含まれてないッキュよ」


 それは、セイレーンという別の魔物の話だッキュ。


 彼らの歌は音痴で、どうしようもないものッキュ


 「どうせ、どっかで話が混ざった─────これはそういうお話だッキュ」


 月明かりは、未ださしこんでいます。

 

 

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