#29 趣味と魔法

 【オオモリ城壁基地 (隊員室)】

 

 日も昇らぬ早朝、「パチッパチッ」という音が止み。


 金髪短髪少女わたしは、驚きます。

 孤独に見える少女は、手に持つニッパーを震わせます。


 (こ、興奮を誰か、誰かに)


 「ナビィ、見てください」

 『なに?まだ、眠いんだが』


 脳内の幻聴ナビィは、まだ寝ぼけていますか。


 ですが────関係ないですね。


 組んだプラモの素晴らしを語る必要がありますし。


 「見てください、接着剤が不要です」

 『……それは凄いことなのか?』


 「な、何を言っているんですかッ」


 昔は、接着剤を使ったり、針金通さないと、まともに動かなかったんですよ。

 それが、何も使わず、組み合わせるだけでプラモデルができるんですよ。


 「ポリキャップ────恐ろしい発明です」


 1mm程度の円状の部品。


 最初は、危うく無くしかけてキレていましたが。

 取り付けてみると、部品としての理由が分かりました。


 (関節の保持性もさることながら、接続部の摩耗を防ぐとは)


 ポリキャップを作った人間は、変態ですね。

 今日は、プラモデルを動かすだけで満足しそうです。


 『本来の目的、忘れていないか?』

 「ま、まさか、そんな訳ないですよ」


 久しぶりのプラモ作りは、とても楽しい時間でした。

 

 朝食の時間に遅れそうになったのは、ご愛敬です。


 ◇◆◇


 「では、練習を始めますか」

 

 目の前には、組み立てられたばかりのプラモデル。


 「集中して────初級Anfänger-強化魔法Verstärkungsmagie

 

 プラモデルが薄い光を纏います。


 『だいぶマシになったな』

 「何回も失敗したので」


 最初に教えてもらったときは、発動に5分以上かかりましたからね。

 

 遅すぎて、幻聴ナビィが補助をくれたのは覚えています。

 

 (ですが、今は違います)


 指を動かすなどの細かい調整は出来ませんが、

 雑に動かすぐらいなら問題ありません。


 「腕を────ゆっくりと」


 プラモデルの腕が────震えながら動きます。


 (覆う魔力を移動させて、腕をバンザイさせる)


 「そして」


 プラモデルの股を開いて。


 「完璧です」

 『なんだこれは』

 「凄そうなポーズです」


 プラモデルは、ガニ股で腕を万歳していました。


 「まだまだ、いけますね」

 

 次は────グ〇コのポーズ

 更に────ガイナ立ち

 まだまだ──シャ〇ニングフィンガー

 敢えての──ラス〇シューティング



 今度は、腕を下に「バキッ」────破砕音?


 目の前には、無残に分離した腕と胴体。


 「嘘、ですよね」

 『妥当だ。強化魔法は強度自体を上げるものではないからな』


 幻聴ナビィは達観しないでください。


 朝早くから作った、私の努力はどうなるんですか。

 何より、久しぶりに作ったプラモデルですよッ。


 「接着剤で何とかなりますかね」


 とりあえず壊れた部分には、布でもかけておきますか


 ◇◆◇


 さて、気を取り直して訓練再開です。


 仮想訓練装置シュミレーションの中は、暗いです。

 昨日と変わらず操縦席コクピットの座席は冷たいですね。


 「寝たので、やる気も戻りましたよ」


 (今日こそはクリアして見せますッ)


 金髪奥の瞳に、光が宿ります。


 ──

 ─────

 ───────


 「無理です」

 『早くないか。まだ1時間もたってないぞ?』


 初手ガキガキガキで目から光が消えました。

 

 クソ敵エンカウント、3回ですよ、3回。

 何回、ゴブリンのガキに画面モニター刻み付けられればいいんですか?


 『アレぐらい、躱して見せろ』

 「無茶言わないでください」


 目視した時には、手を動かしても遅いんですよ。


 (もう少し体が速く動ければ)


 何かいい方法は────


 「そうですッ、強化魔法で自分を操ればいいのでは?」

 『まあ、やってみれば分かるか』


 幻聴ナビィ、意味深な笑いは何ですか。

 言いたいことがあるなら、言って欲しいのですが。

 

 「まあ、いいです────初級Anfänger-強化魔法Verstärkungsmagie

 

 自分の体を、自分で動かすのは変な感覚ですね。

 

 「では右手を上げ────ガハッ」

 

 口から変な声が。

 盛大に後ろに転びました、か。

 物が後ろに無かったのが、不幸中の幸いですね。


 (あれ、どうして転びました) 


 私、腕を上げようとしただけですよね?


 『内外の魔力同士が影響しあって、意図していない力が働くというのが定説だ』

 「ど、どういうことですか?」


 『体内の魔力との摩擦みたいなもんだろ』

 「その、どういうことですか?」


 『ええッ、貴様が未熟ということだ』

 「非常に分かりやすいです」

 

 打ちつけた頭は、まだ痛いです。


 天井には、無数のスイッチと電灯が光っています。

 何も天井まで配置しなくてもいいじゃないですか。


 (身長のせいで、スイッチ一つ押すのも大変なんですから)


 もう少し手前にあれば、楽なのですが────いや


 「逆ですか」


 わざわざ、押そうとするから駄目なんです。


 「操縦席に強化魔法をかければいいんですよ」

 『いや、かけてどうするんだ』

 

 「スイッチを押す動作が短縮されます」

 『普通に押すのと数秒ぐらいしか変わらんだろ』

 「ですが、、変わります」

 

 幻聴ナビィは、ため息を一つ零します。


 『もっと致命的な問題があると思うがな』


 それは痛くなければ覚えませぬとりあえずやってみろ、ということですか。


 ◇◆◇


 「ぐう」

 『ほら、言わんこっちゃない』

 「こんな、落とし穴があるとは」


 考えは良かったのですが、戦闘状態に置いて、

 任意のスイッチを押すことは────不可能です。


 『結局、思考能力の問題だ』

 「どうにかなりませんかね、ナビィ」

 『思考分割の魔法は、貴様には早すぎる』

 

 そんな魔法もあるんですね。


 『全く、馬鹿は大人しく倒されておけ』

 「なっ」

 『そういうのは魔法を習熟して悩むもんだ』


 「でも、強化魔法は使えるようになりましたよ」

 『魔法を口に出している時点で3流だ』


 「いや、そこまで言わなくても────口に出す?」

 

 そう、口に出す。

 ────発言して、動きと、結びつける。


 毎回考えてスイッチを押そうとするから思考がパンクするのです。

 ならば、先に動きを決めて、口に出すのはどうでしょうか。


 という訳で、


 「回避、回避、回避、回避、回避────」


 合わせて、操縦席コクピットのスイッチ操作も行います。


 「────回避、回避、回避、回避、回避ッ」


 『頭、大丈夫か?』

 「大丈夫ですッ」


 右手を握りしめます。

 感覚は大体掴みました。


 (あとは、実践あるのみですね)


 体を屈ませ、足元の電源を入れます。


 [戦闘システムスタンバイ────仮想戦場シュミレーションを始めます]


 無機質な音と共に、形成される仮想空間。

 相変わらずグラフィックは荒いですね。


 (探知機に敵の反応は無し────ですが)


 画面に映る、ゴブリンのガキ。

 振り上げる両手は、幾度も見た状況です。


 (私の気持ちも知らず、突っ込んできますか)


 いつもなら、ここで死んでいますが。


 今回は────

 

 「回避ッ」


 脳内のイメージを辿る。

 魔力を通して、


 右の操縦棒を押し。

 左の操縦棒を引く。

 右のペダルを軽く。

 左のペダルを重く。


 (攻撃は────当たってないようですね)


 見えるは、攻撃が外れて無防備な背中。


 「貰ったァッ」


 今までの恨みを込めて、一撃。


 直撃するのは戦鋼せんこうの拳。

 ゴブリンのガキは、立体形状になって飛散します。


 『────やるな』

 「もっと褒めてもいいんですよ」

 『これ以上は過剰だ』


 緩んだ右手を握りしめて、体を一喝。


 では、続きと行きますか。

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