#10 主義と趣味

 【第13前線基地(食堂)】


 妹事件、調理事件


 今日一日で、様々なことがありました。 


 「ということがありまして」

 「あら、それは大変でしたね」


 黒髪短髪メイド少女わたしは、基地の制服に戻ります。


 対面に座っている目隠しアオイ一曹は、少し残念な顔をします。


 「という訳で、休暇をいただきます」

 「ええ、“休暇きゅうか”は構いませんよ」


 目隠しアオイ一曹は、異議を唱えることなく受け入れてくれました。


 結局、食堂の仕事で1日が終わってしまいましたし。


 1日探索する時間が増えたのは助かります。


 「でも────気に食わない気持ちというのもありますね」

 「ッ!!」


 雰囲気が、穏健から冷徹へと変わります。


 まるで、断頭台の真下に座らされたようですね。

 

 椅子の硬さが先ほどより実感をもって感じます。


 「あなたは、にほんはどう見えますか」

 「どうとは────生まれた国でしょうか?」

 「まあ、でしょうね」


 吸った空気が痛くなります。

 

 (回答に失敗しましたか?)。


 日本に対して生まれた国以外の回答?

 貿易国とか、人体実験をしやがった国とか、でしょうか?

 

 目隠しアオイ一曹の質問の意図が掴めません。


 「さて、世には2種類の人間がいます」


 ──── 命が一番の人間と、目的のため命すら安い人間です。


 空気が重い。


 コトリ、と氷が落ちます。

 落ちた氷は解けていきます。

 溶けた氷は飲み物の一部になっていきます。


 「そう、教官鬼殺しは前者、私は後者ですね」


 いのちは殺される対象ということですか。

 

 (目的はなんにせよ死ぬわけにはいきません)

 

 私は、自分の命が一番なのですから。


 「タダで、あげるわけにはいきません」

 「あら、反抗的ですね」


 飲み物の氷は完全に溶けていました。


 怯えを紛らわすためにも、飲み物を取ります。


 いえ────氷が溶けたのではなく、飲み物が凍っています。


 周囲の空間すら、氷に覆われいきます。


 「もし、日本に対して害を為すなら────」

 「あれ、アオイ先輩にエイチちゃん、何しているの?」

 「────あら、キイロですか」


 風景は、再び食堂に戻ります。


 目の前には、目隠しアオイ一曹と訓練生キイロがいるだけです。

 

 凍った痕跡など1つももなく、時間が過ぎていきます。


 (先程は、気のせいだったのですか。ですが────)


 心臓の音はやけに聞こえ。

 服も汗でひんやり。

 呼吸も妙に荒いです。


 「実は、今日も教官に────」

   「────それは大変でしたね」


 訓練生キイロ目隠しアオイ一曹は話に火がついたのか話し合います。


 (自分は新参者ですから塩対応だったに違いありません)


 目隠しアオイ一曹に目的がバレていた────嫌な考えが喉に詰まります。

 

 考えを流そうと飲んだ飲み物は、冷たいです。

 

 氷はかなり前に溶けているのに、不思議です。


 『安心しろ、生きているのが証拠だ』

 「ありがたい忠告です」

 『必要なら相打ちぐらいは取ってやるぞ』


 幻聴ナビィは気楽です。

 私はすごく疲れたんですが。


 気持ちは既に、ベッドの上です。


 (談笑する2人の邪魔にならないように、私は去るとしますか)

 

 それでは────


 「むっ、逃げちゃダメだよ。折角だし、お風呂に行こうよ」


 訓練生キイロに、背中を掴まれます。


 腕の力は少女とは思えないモノです。

 

 「いえ、私は」

 「親睦には、風呂は不可欠だよ」

 「初耳もいいところです」


 なぜ、先まで敵意を送られていた相手と風呂に入らないといけないのでしょうか。


 それとも、“|湯船で浮かんで来い(死ね)”という彼女なりの隠喩なのでしょうか。


 (呉越同舟ですら、かわいく見えます)


 「そう思いますよね、アオイ先輩ッ」

 「ふむ────そう思いますね」

 「そこは、思わないで欲しいです」


 やはり、私を殺す気ですね。


 (食堂では、血を落としにくく、人目に付くのは事実)


 ゆえに、風呂場で殺害しようとする魂胆ですか。


 「いえ、目的それ目的護国趣味これ趣味少女を愛でるなので」

 

 黒髪短髪少女わたしは、少女達により風呂に連行されます。


 結局、訓練生キイロにより、女子会という名目で訓練生キイロ目隠しアオイ一曹の寝室にまで連れ込まれるまでが、今日の終わりの話となります。


 『ところで任務はどうした』

 『あっ......忘れてた』

 『全く、頭が痛い』


 明日、頑張っていきたいと思います。


 ◇◆◇

 【ナビィ脳内カメラ(風呂場):記録再生】


 風呂か────久しぶりに見たな。

 湯船の大きさは物足りないが、好きな光景だ。


 風呂にいるのは、訓練生キイロ目隠し一曹アオイ、そして馬鹿エイチ


 にしても馬鹿は、妙に動きがぎこちないな。

 風呂は初めてなのか?


 「背中ながそっかエイチちゃん」

 「け、結構です」

 「では、背中だけだはなく前もどうでしょうか(わきわき)」

 「大いに結構です」


 やはり、みんなで風呂に入ることに慣れていないのか。


 研究所の時は、一斉に水を浴びせられるだけの簡易的な物だったし。

 

 一度、風呂の入り方というものを教えた方がいいのかもしれん。


 (ちゃぽーん)


 「う、浮いているッ」

 「おや、興味がありますか?では────」

 「ま、間に合ってますッ」

 「あら、残念です」


 落ち着け馬鹿エイチ、冷静に戦力を分析すれば活路は見える。


 『E......なかなかの火力かりょくの持ち主だ』

 「な、何を言っているんですかッ」


 戦力の分析だ。戦いとはまず敵を知ることから始まる。


 知ってさえいれば、どんな強敵でも倒せるからな。


 「エイチちゃん、大きな声出してどうしたの?」


 ほう、訓練生キイロが前に来るか。 


 『C......いい胸部装甲きょうぶそうこうだ』

 「静かにしてくださいッ」


 視線が下にズレる。

 やはり、周囲との体つきの差を気にしているのか。

 可愛い奴め。ここはひとつ元気を出させてやるか。


 『A......だが、将来性はSだぞ』

 「慰めはいりませんッ」


 むっ、元気にはならなかったか。


 今まで、持たざる子供たちを笑顔(当社比)にしてきた魔法の言葉なのだが。


 しかし、ゆっくり湯船につかる気持ちは分かるが────


 『いいのか?』

 「何がですか?」

 『カツラが少しずれているぞ?』

 「ッ!?」


 「あ、待ってよ、エイチちゃん」

 「あら、恥ずかしかったのでしょうか」


 もっと緊張感を持て、馬鹿が。


 全く、浮かれる気持ちも分かるが、ここは敵地なのだぞ。

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