#8 大切な紙

 【定点カメラ(食堂) 24:00】

 

 黒髪短髪少女わたしは、食事を運びます。


 「焼肉定食です、どうぞ」

 「おう、ありがとさん」


 「激辛カレーうどんです」

 「助かる」


 「オマール海老の滑らかなカリフラワーのムースリーミュッ......です」

 「グッド!」


 基地隊員に、注文通りの食べ物を届けます。


 胸に付いた肩書は【配膳係代理はいぜんがかりだいり


 少ない補給物資。様々な手段で食事を欲する職員。

 もはや激戦区と化した食堂で、頼まれたメニューを届ける。


 それが、配膳係代理補佐はいぜんがかりだいりほさの職務。

 

 「いや、そうはならないでしょう」

 『なっているのが現実だ』


 脳内の幻聴ナビィからは、楽しさを通り越して呆れを感じます。


 何故、配給の手伝いをしているのか?


 時刻は、朝食ちょうしょくまで遡ります。


 ◇◆◇


 食堂に現れるは、黒髪短髪少女わたし

 

 早朝ですが、カツラなので髪はピンピンしています。 


 少し眠い目をこすり、メニューを睨みます。

 考えるは栄養バランス。

 思い出すは、暴飲暴食の日々。

 

 となれば今日は────


 「栄養剤えいようざいみどり】」

 「あら、今日は栄養剤【あか】じゃないのですね」


 中二病アオイ一曹は、意外な顔をします。

 

 朝の食堂仕事は、目隠しアオイ一曹でしたか。

 

 目隠しアオイ一曹の目元の鉢巻はちまきは、朝でもピンピンしています。


 (三食────栄養剤【赤】は食堂で顔を覚えられていましたか)


 ですが、今日の選択は違います。なぜなら、


 「飽きました」

 「あら、それは大変ですね。では、お会計です」

 「了────」


 あれ、お金ですか?

 食堂利用にお金がいる?

 漱石や稲造が書かれた紙がいる?


 聞いていせんよッ『※注ナビィ 昨日まで基地の隊員が払ってくれていたぞ』


 ですが、今まで稼いできた金が、ポケットに


 『元の服は向こうに置いてきただろ』


 ────入ってないですね。


 基地制服の着心地が良いので、すっかり忘れていました。

 

 「お金はありません────……」

 「まあ、そんなことだと思いました」


 目隠しアオイ一曹の呆れた声が私を貫きます。


 目元は見えないのに、予想通りという顔です。


 お金は持っているんですが。今、もってないだけなんです。

 

 「なら、かってます、よね?」

 「許しを......家にはお腹を空かした妹が居るんです」


 『書類には一人っ子って書いてなかったか?』

 「妹なんて生えてくるもんです」


 幻聴ナビィが何か言っていますが無視します。


 失敗すれば、最低でも懲罰室。最悪で、新薬の実験室いきです。


 (なにより、基地の探索時間を失う訳にはいきません)


 期限は2日なのに、基地の半分も調べてられていません。


 「あら、妹さんが......そうですかぁ」

 「『よけろッ』────へっ?」

 

 幻聴ナビィの声が脳にこだまします。


 ですが動けたのは、喉から出た間抜けな声だけです。


 「はい、初級Anfänger-服装改変魔法Zauberhafter Kleidungswechsel


 瞬間、基地の制服は消え去ります。


 服装は──────メイドの服ですね。


 (なにが起こりました?)


 事象としては、一瞬。


 メイド服は、妙に布が少なく、サイズが合っていないのか動きづらいですし。

 

 無くなった基地の服は、誰が弁償してくれるんでしょうか。


 「あの────」

 「では、私お手製メイド服で頑張ってください」

 

 目隠しアオイ一曹は、指を交らわせてGood luck!去っていきます。

 

 残された私は、茫然とするばかり。


 【謎の黒髪短髪メイド少女、爆誕!】の話は以上となります。


 ◇◆◇


 「あのー、食事を受け取りに来ました」


 配給用の食事を貰うため注文所に来たのですが。

 

 外の配給係職員おばちゃんには、忙しいから中で受け取れ、と言われてしまいました。


 「もう少しで、できるから待て」


 中にはフライパンを振るう鬼殺おにごろ教官きょうかん


 紙パック鬼殺しを飲みながら、香ばしい匂いを立てています。

 

 奇妙な状況ながらも、絵になっているのは流石教官というところです。 


 「教官がなぜ?」

 「トップなりの責任の取り方だ」


 鬼殺おにごろ教官きょうかんは、フライパンを回しながら答えます。


 昨日の責任問題────厨房係ちゅうぼうがかりですか。 


 人手不足が深刻とはいえ、食堂は牢獄か何かでしょうか。


 「訓練生こそ、なぜここに?」

 「えっ......その、


 『嘘を付くと、“また”痛い目を見るかもしれんぞ?』 


  ────無銭飲食むせんいんしょくの罪です」


 「......くくくっはははッ────……」

 

 失敗だったかもしれません。

 

 幻聴ナビィの言葉を鵜呑みにして、真実を吐きましたが、得たのは教官の笑いですか。


 「いや、すまん、悪気はないんだ」

 「怒ってはいません」

 「では、仕事終わりにパフェでも奢ろう」

 「要りません」


 鬼殺し教官は、軽く頭を押さえます。

 

 なんですか、その、めんどくさ、みたいな行動は何ですか。


 「では、何が欲しい?」

 「では休みで。勉強をする、休みをください」


 上手い言い訳ではないでしょうか。


 教官の失態に付け込んで、自然と休みを申請。


 (戦鋼を動かせなかった前例もあるので、怪しさはないはずです)


 「まあ......好きなように頑張ってみろ。責任は取ってやる」

 「ありがとうございます」


 好きにしろの言も頂けたので、文句も付きませんね。


 妙に笑顔なのが、不安な点ではありますが。


 ところで、鬼殺おにごろ教官きょうかんは気づいているのでしょうか。


 「食材、焦げてませんか?」 

 「へっ?」


 後ろでは、フライパンの上で黒く煙を吐く物体。


 匂いも香ばしいものから、炭の混ざった匂いになっています。


 「ま、まだだ、初級Anfänger-火耐性魔法Feuerwiderstandsmagieッ」


 眩い光と共に、食材にオーラが宿ります。


 黒い煙を発しながらも、燦燦と煌めく食材。


 (口に入れたら最後、体調は保証できませんね)


 「まだまだ、料理上手りょうりじょうずへの道は遠いな」

 「じょ、冗談ですよね」


 鬼殺おにごろ教官きょうかんは、一難が去って満足そうです。


 (劇物料理持っていくの私なんですが)


 最後まで、教官が責任を持って届けるとかはダメでしょうか?

 

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