#6 起動実験

 黒髪短髪少女の額には、冷や汗がつたいます。


 膨らみのあるベッドが、体に合わなかったのか頭が少し重いですね。


 耳にかかる黒髪と共に、体がかみ合っていないのを感じます。


 戦鋼せんこう操縦席コクピットはやわらかく。

 各計器は沈黙。

 操縦棒は手よりも大きい。


 開けられた装甲からは前がのぞく。


 「全員集合ぜんたいしゅうごうッ!」

 

 鬼殺し教官の檄が飛ぶ。

 

 集まるは、数人の男達。


 男達の服は黒く汚れており、帽子には整備と書かれている。


 「これより、予備操縦士パイロット戦鋼せんこう操縦訓練を始める」


 整備員達はいっせいに動き出す。


 「整備班せいびはんッ」

 「各種点検、整備終わっておりますッ!」

 「アオイ一曹ッ」

 「ふむ、こちら戦鋼せんこう起動を確認。いつでも動けます」

 「よしッ、ではH02エイチゼロツー、機体を始動させろ」


 鬼殺し教官はこちらを見る。


 ─────戦鋼せんこうの起動。


 何度もやってきた行動だが、今回はいつもとは違います。

 

 戦鋼はいつものものではなく、新型機。


 握る操縦棒レバー一つすら違います。

 

 まあ、つまるところ─────


 「ナビィ、不味いです」

 『どうした、腹でも痛いか?』


 「────操作が、操作が分かりません」


 操縦席コクピット周囲にあるのは、意味不明な各種スイッチ。


 それも、頭上から、足元まで、びっしりとです。


 (どれが起動スイッチという話ではないですね)


 前乗っていた機体は、10つのスイッチしかありませんでした。


 ゲームでしかメカを動かしたことのない私ですら動かせたので、今回も行けると思ったのですか。


 「ナビィ、何とかなりませんか?」

 『全く......少し待て、魔導エンジンに強制接続をかける』


 なんだかんだ、幻聴に頼ってしまうのは悪い癖です。

 

 本来であれば、自分自身で解決する問題のはずです。


 「どうにかなりますか、ナビィ?」

 『ああ、安心しろ────絶対無理だ』

 「えっ?」

 『起動に必要なものが根本的に欠けている』


 いつになっても戦鋼が起動しないのを不審に思ったのでしょうか。 


 鬼殺し教官のすがたが見えます。


 「どうした、何か問題があったか?」

 「あの、すみません────

 

 どうするべきでしょう。

 体調不良を訴えて、誤魔化すべきでしょうか。

 いや、諦めて事実を話すべき......思考が、纏まりません。

 何か、何かいい方法があるはず、あるはず────


 ────うごかせませんでした」


 結局、出てきたのは情けない声でした。


 声が震えてますし、何も解決していません。


 鬼殺し教官は、眉間にしわを寄せます。

 

 「前に、乗っていた機体は分かるか?」

 「戦鋼せんこうSN-P1エスエヌ ピーゼロです」

 「クソ学校、引いたかぁ」


 鬼殺し教官は、頭を押さえます。


 SN-P1エスエヌ ピーゼロに乗っていたことは問題なのでしょうか?


 操縦性が簡易で、すぐに直せるので私は好きなのですが。


 「SN-P1?聞いたことのない名だ」

 「前大戦時代の機体ですな」

 「昔、訓練機に使ってたな。操作は楽だぞ」

 「いや、訓練機でも、もっとまともなモン使うだろ」

 「失礼な、低コスト、紙装甲、高燃費の3拍子を揃えた機体ですよ」

 「それで、どうして使われると思った」


  外野の男達が騒ぎ始めます。


 「静粛に────」


 鬼殺し教官が場を制します。


 目から感じる強い意志が、下手な口を出せない圧を発しています。


 「よく聞け、我々の任務はなんだッ!!」


 「整備することです」

 「違うッ!」


 「国民を守るために戦うことでは?」

 「そうだが、違うッ」


 「なに────彼女に新型機の操縦を叩き込むことです」

 「その通りだッ!アオイ一曹ッ」


 「そして、あわよくば────」


 「「我々の休み時間を確保すること」だッ!」


 鬼殺し教官と目隠しアオイ一曹は満足したように頷きます。


 (すごく私欲が混ざった発言ですね、とは言えませんね)

 

 彼女らは、笑顔で私を見ます。


 顔は笑っていますが、眼は“ガチ”です。


 「と、いう訳で、3日後に教材と時間を揃えて訓練だ」

 「なに、大丈夫です。万年人手不足の基地なので、仕事はたくさんありますよ」

 

 ◇◆◇


 結局、今日は倉庫の整理を手伝うことになりました。


 散乱とした物資は、片づけるより早く積みあがっていくらしいです。


 何時もよりは少ないんですよ、と言うのは目隠しアオイ一曹の言です。


 「もちあげます」

 「いいぞォ」


 荷物は、安全の為に二人一組で運んでいきます。


 私の相棒は、作業服の着た男性ですね。

 

 服は油で汚れており、がっしりとした体つきが目につきます。


 「まあ、許してやってくれ」


 ウチのように辺境は、常に人手不足でな。

 特に戦鋼せんこうの操縦者は酷いもんよ。

 なのに、周囲の警戒で四六時中駆り出されちまう。

 

 「─────彼女たちも、悪気は無いんだ」


 聞き終わるころには、荷物は運び終えていました。


 荷物を倉庫から外に動かしただけなのに、手が重く感じます。

 

 (本当に貧弱な体ですね)


 痛みだけが感じにくいのは、利点でもなんでもありませんし。


 「折角ですし、3日間は基地の探索に充てるとしますか」


 偶然とはいえ、空いた時間です。

 

 基地を念入りに調査して計画を立てていきたいです。


 「せめて3日間で遺物の位置は特定したいですね」

 『いや、《《3日間で遺物の回収までが》必須だろうな』

 「ナビィ、それは急ぎすぎです」


 今回行うのは、人が限られた基地での盗みです。

 

 (遺物ということなので、重要なものだと考えます)


 盗みが発覚した場合、最初に疑われるのは新参者兼犯罪者の私。


 故に、綿密な計画が必要です。


 『あの機体─────動かすには魔力が必要だ』

 

 「冗談であってくれませんか?」

 『言わない方がよかったか?』


 納得がいきました。

 

 それで機体を動かすのは無理だったということですね。


 一般的な操縦者なら、持っているのが基本の“魔力”。


 魔力が無い体────実験体が欠陥品である理由。

 

 (SN-P1エスエヌ ピーゼロの時は、誤魔化しが効きましたが)


 「魔力タンクとかは、無かったのですか?」

 『それらしき物は無い。【SN-P1】ポンコツも無理やり付けただろ』 


 ということは、つまり。


 『3日後、訓練の時に────』

 「真っ当な予備隊員じゃないことが確実バレるですか」


 一寸先は闇ですね。


 やけに外の日差しが、痛く感じます。

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