第23話 手首
ずっと、Aは無事だと信じていた、と思う。
だけど、あの頃のAの影の薄さが、どうしても私に不安を残していた。
Aの手を見て、自分でも感じていなかった緊張が、身体から抜けていった。
心身が緩んで、涙が滲んだ。
写っていたのは、手だけだった。
全ての写真は海の砂浜。Cさんが大型犬を散歩させているところ。ギターケースを持って歩いているところ。誰かと手を繋ぎ、振り返り笑顔を見せたところ。
もう大丈夫だと思った。
手だけだったけど。
痩せた細い手首だったけど。
Cさんの楽曲が、歌詞が、全体的な明るさが。
そして何より、Cさんの笑顔が。
心底幸せそうな、楽しそうな、Cさんの表情が。
Aは大丈夫なんだと思った。
まだ詳細は分からないのに、私は勝手に肩の荷が降りた。
私はそれでも時々、インターネット上でCさんを検索したけど、気楽に少しずつ忘れていった。
日々のなか、忘却していった。
30歳になり、仕事で独立を意識し始めた。
33歳で退職し、仲間たちと事務所を立ち上げた。
しばらくは仕事に没頭していた。
Aから連絡が来たのは、仕事が軌道に乗り、落ち着いてきた頃だった。
仕事用のアドレスに連絡があり、個人のオフィスからすぐAに電話をした。
何故か私は立ち上がり、電話を掛け、立ったまま長電話を終わらせた。
Aの声は、昔と全く変わらなかった。
私たちはお互いの無事を喜び合い、近い再会を約束した。
私はすぐスケジュールを調整し、休みをもぎ取り、Aの住む場所へと早々に訪ねて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます