第21話 スパイシー
Aは、一週間程、私の家で一緒に過ごした。
部屋の鍵を渡し、自由に過ごして貰った。
「お礼に」と、Aは食事やお弁当を作ってくれた。窓を拭いたり、換気扇を洗ったり、普段出来ない家事もしてくれた。
私の仕事上がりに、一緒にカラオケに行ったり、DVDを観たりした。
Aは自分のことを、「Bの家に住む妖精」だと言い、家でのんびりしていた。怪我に対する他人からの目を気にして、昼間ほぼ外出しないため、夜一緒に外出するときには、「早く人間になりた~い」などと言い、おどけていた。
Aは、昼間は私所有の漫画やDVDを鑑賞し、時間を掛けて家事をして、夜はソファーで眠り、朝は見送りに起きたり起きなかったりした。
本当に妖精のように、Aは私の暮らしに馴染んでいた。
時々、Cさんの話をした。
本当に、時々。
私がふと思いつきで話し、Aがそれに応えるように話した。
AからCさんの話をすることは、ほとんど無かった。
あまりCさんのことは思い出さないのか、と聞くと、
「いや、ずっと考えてる。答えが出ないから…。ずっとぐるぐる考えてる」と言った。
「Bの家に居て、良かった。ありがとう。天気が良いと死にたくなる」
「やめてよ」
「うん。流石に人ん家ではね」とAは笑う。
透明な笑顔。重力の無い動作。
こいつ、そのうち死ぬのか、殺されるのか。
心配になる。
今にも消えてしまいそうな存在感。
神様、お願いします。
口には出さないけど、大切な友達なんです。
どうか、連れて行かないでください。
お願いします。
お願いします。
ある日、「そろそろ家に帰るわー」とAが言った。
「明日帰る。これ、最後の晩餐ね」
時間を掛けて煮込んだカレーだった。無水で作ったらしい、キーマカレー。
「大丈夫なの?」「うん。もう大丈夫そう。鍵、返しておくね。明日、朝一緒に出るわ」
Aがテーブルの上の鍵を指差した。
「温玉いる人~」「は~い」
いつもと変わらない風景。
「もっと居ていいのに」「ありがとう。でも、職場復帰の準備もしたいし」「ああー、そっか」
その日のカレーは、最高に美味しかった。
「美味しい~。帰らないでよ~。もっと居なよ~」「これはね、まじで頑張った。隠し味は無印」「それは味付け。隠し味と違う」「いや、色々と頑張った後、諦めて無印に頼ったの」「それって隠し味?」「味が決まらなくて、焦ってさー、昼間なのに妖精が無印に買いに出ちゃったよ」「隠し味は?」「うーん、今回は汗かな」「愛情入れてよ」「あと、昼間の焦燥感ね」「ああ、いいね。スパイシーだね」
いつもと変わらない、馬鹿なやりとり。
気楽な会話。笑い合う時間。
沢山の思い出。
結局、私の厭な予感は、形を変えて当たってしまった。
Aは、いなくなった。
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