第19話 再び

気が付けば、私は無言で涙を流していた。

それを見て、Dさんが私に近付いてきたが、Cさんがそれを阻んだ。

「もういいから。お前は帰れ」

「Aさんも連れて帰ります」

Dさんは言い方はきっぱりしていた。

「Aさんは今、Cさんと一緒にいたら駄目ですから。絶対」

ふたりは組み合って、再度言い合い始めた。

「邪魔するな。もうお前は帰れ」「厭です。Aさんをまず帰します」「お前はいつも何なんだよ!」

「このAさんを見て、おかしいと思わないんですか、Cさん、おかしいですよ!」

Dさんが怒鳴った次の瞬間。

Cさんの顔色が変わるのが分かった。

たぶん、Dさんも気が付いた。

Cさんは片手でDさんの首を締めて、もう片方の手が拳を握った。

私はCさんの拳の方の腕にしがみついた。「Cさん、駄目。駄目。やめて」

振り上げた腕の、Cさんの肘を後方に引いた。

同時にDさんに押し返されたCさんは、私に向かい後方に倒れた。

私とCさんは一緒に倒れ込んだ。

私はCさんの下敷きになった。

衝撃と痛みで、すぐには起き上がれなかった。

Cさんはすぐ、私の様子を見るために起き上がった。

顔からは狂気が消えていた。

何度も謝り、怪我の有無を何度も確認していた。

私は痛みで、何だか笑えてきてしまった。

大丈夫、大丈夫、と答えながら、笑いが込み上げてきた。笑っていたら、涙が出た。

「ごめん、大丈夫、違う、痛くて泣いてるんじゃない、ちょっとびっくりして…」

言いながら、涙が次から次へと溢れてくるのを止められなかった。

CさんとDさんのふたりが無言で私を見ていた。私は寝転んだまま、両手で顔を覆い、声を殺して泣き出してしまった。

「……今日は、もう帰りたい」

絞り出した本音は、小さな声だった。

Cさんが「分かった」と小さく答えた。

Dさんが「車で送ります」と言い、Cさんに「気になるなら一緒に乗って行きますか?」と聞いていた。

こんな状態のなかで、私は、今日はセックスをしなくて良くなったことに、心の底から、安堵していた。


何もせず、ひとりで眠ることが出来る。

ひとりで安心して過ごせる。

嬉しくて、身体の力が抜けていくようだった。


玄関先で、Dさんが革靴を履けずに苦労しているのを、ぼんやりと見ていた。

シューズボックスから靴べらを出すと、ありがとうございます、とDさんは受け取り、

「靴ヒモいちいちほどくのが、本当は一番手っ取り早いんですよね。分かってはいるんですけどね…」ぶつぶつと言いながら革靴を履いていた。

廊下から足音がして、Cさんが私の手首に手を掛けた。「やっぱり俺も」

私は、反射的に、Cさんの手を振り払っていた。

力が抜けていた身体に緊張が走って、気付いたら、Cさんに掴まれ掛けた手を振り払っていた。

「あ…、ごめんなさい」

言い終わる前に、視界が暗転した。


ああ…。

もう少しだと思ったのに…。


逃げない、って約束したのに。


私はまた、暴力を受けてしまった。






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