第16話 約束
Cさんは、追加公演が始まることを怖がっていた。
休みを貰うことへの周囲からの批判。
大勢の人前に立つプレッシャー。
公演が近付くにつれてボンヤリする時間が増え、正直に何度も「怖い」と言い、薬が増えた。
薬を飲むCさんを見ながら、薬の増量を不安に思う私に、「一年だけですから、大丈夫ですよ」とおどけて言った。
「休業したら、何処か旅行に行って、クスリも飲まないし、お酒も飲まないし、朝起きて、海辺とか森林とか散歩して、沢山太陽を浴びて、運動もして、美味しいもの食べて、一緒にお風呂入って、一緒にベッドに入って、ぜーんぶ忘れて、溶けるまで寝よう」
抱き寄せるCさんに埋まりながら、私は「うん」と言った。
そして、公演が始まるまで、少しずつCさんは不安定になっていった。
眠れなくなり、ボンヤリする時間が増え、時々イライラしていた。
昔のように、私を後ろから抱き締めては、 首筋を吸ったり、髪の匂いを嗅いだりするようになった。
固くなった股間を擦りつけるような行為もあった。
「したいなら、しよう」と言うと、「Aの好意を犠牲にしたくない」「甘えたくない」と言った。
私たちはまた話し合った。
いつものように、後ろから強く抱き締められた形で。
Cさんの限界が近付いてるような気がした。
私から言った。
「セックスしようよ」「厭だ」「発散しようよ」「違うことで発散しよう。何か違うこと何かないかな」「セックスの方が安心するでしょう?」「俺だけが発散することになる」「いいよ、甘えてよ」「厭だ」「こんなときくらい、解禁しても良くない?」「駄目」「なんで?」「歯止めが利かなくなったら困る。傷付けたくない」
「もう私たち、結構関係を深めたと思う。多少のことがあっても大丈夫じゃない?」
「だからこそ怖い。調子乗って思い切り甘えてしまいそうで…」
きつく力が入った腕をほどいて、私は振り返ってCさんに向き合った。
下を向いて目を逸らすCさんの顔を両手で私の方に向け、目を合わせた。
「いつか、私が困ったとき、甘えさせて。ちゃんと私の力になって」
「ねえ、私じゃ力になれない?」「そんなことない」「いつか、私の支えになってくれないの?」「勿論なるよ。絶対なる」「私の力になりたいと思う?」「勿論」「私のこと、愛してる?」
Cさんの目が泳いだ。
私は逸らさずに聞いた。「私のこと、愛してる?」
「………………………うん」
苦しそうに、浅い呼吸で、小さな声だった。
「愛してる」
「私、Cさんを愛してる。ねえ…、力になりたい。助けたい。支えたい。私の気持ち、分からない?」
「……分かる」
「私じゃ力不足かな」
「そんなことない」
「じゃあ、甘えてよ」
私はCさんの頭を胸元に抱き寄せて言った。
「私にCさん、支えさせてよ」
Cさんの頭を両手で抱えて、頬を乗せた。
「好きな人が頑張るときの、力になりたいよ」
Cさんが私の背中に両腕を回して、強く抱き締めた。
胸元が少しずつ、温かく濡れていくのを感じた。
「………傷付けたら怖い」小さな声。
「一年だけですから、大丈夫ですよ」私はおどけて言った。
私の言い方に、Cさんは少し笑った。
「ものまねしないでよ」
「ふふ、分かった?」
それから、絞り出す、かすれた声だった。「失いたくない」
「大丈夫。もう逃げないって約束するから」
Cさんは黙ったままだった。
私はCさんの頭に頬を乗せたまま言った。
「Cさんを愛してる」
しばらくして、Cさんは呻きながら答えた。
「ありがとう、甘えさせて…」
と。
愛情に溺れて、私は絶対服従のような約束をした。
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