第10話 マンション

「しばらく会えない、って話だったけど、Cさんはしょっちゅう東京に戻ってきた。

夜遅くにバタバタ会いに来て、セックスして寝て、また朝早く仕事に戻って行った。

この頃は私の部屋まで来たり、空港の近くに呼び出されたりしてた。

Cさんは不眠じゃなくなったみたいで、不眠だったらもっと動けたのになあ、って時々悔しそうに言ってた。本当に残念そうに言うから、治ったんだな、って思ってた。

最初のセックスをしてから、Cさんの私への気持ちがすごく燃え上がってるのが分かった。

追われている分、私の気持ちは結構落ち着いてた。結構おじさんなのにセックスするなあ、頑張るなあ、会いに来るなあ、って思ってた。

仕事が一段落して、Cさんが東京に戻ってきた頃、合鍵を貰った。

これからは都内のCさんのマンションで会いたい、って。

電車の回数券も貰った。あはは。

Dさんが買ってきた、Dさんのアイデアなんだ、って言ってた。

会社からCさんの家までと、Cさんの家から私の家までの。11枚ずつ。

期限が三ヶ月だから、その間11回は泊まりに来て、って言われた。

毎週来れるね、一回だけ休めるね、Dさんやるね、ってふたりで笑ってた。

それから、ほぼ毎週、週末はCさんのマンションで過ごしてた。

結構一緒にいる時間も増えてきて、金曜日の夜に行って、日曜日の夕方に自宅に戻るような感じだった。

Cさんは初めて会った頃のちょっと冷たいような刺々しさが無くなって、ふたりの会話も最初の頃より減ってきたけど、なんかその分穏やかな感じだった。

ある週末、私はBと皆で飲みに行って、そのままBの家に泊まった。あの、次の日朝から皆でハンバーグ食べに行った日。

あの日、昼にBと別れてから、Cさんの家に向かったの。

マンションに着いて、部屋に向かってたら、ちょうどDさんが部屋から出てくるところだった。

わあ、久し振りです、とか、お元気でしたか、とか、ドライブ振りですかね、とか、ふたりで盛り上がって、廊下で少し話した。

Dさんが急に小声になって、

Cさん、最近、すごく元気です。よく眠れてるみたいだし。本当にAさんには有り難いと思っています、ありがとうございます、って言われた。

いえいえ、Dさんの協力があってこそですよ、

回数券ありがとうございます、って返した。

それから、ふたりで顔見合わせて、少し笑い合った。

それで、なんとなく私もDさんとエレベーターの方に行って、Dさんがエレベーターに乗るのを見送った。ふたりとも手を振り合って、笑顔で別れてから、私はCさんの部屋に向かった。

鍵を刺したけど、鍵は掛かってなかった。

少し不思議に思いながらドアを開けたら、Cさんが玄関のすぐなかにいた」


しばらくAは拳で軽く膝を叩いたり、頬やアゴを摘まむような仕草をして、しばらく黙った。

顔は見えなかったが、息を整えているようだった。


「Cさんに腕を掴まれた。

私をなかから引っ張って、私は倒れ込んだ。

何が起きたのか、全然分からなかった。

玄関が閉まると、なかが急に暗くなった。

向こうの部屋からの明るさが入ってきてたけど、Cさんの顔はよく見えなかった。

倒れ込んだ私の上に乗ってきた。

咄嗟に抵抗したら、顔を叩かれた。

なんで、なんで、って言ったら、もう一度叩かれた。

一度目は分からなかったけど、二度目は痛かった。

来客用のスリッパのラックが肩に当たってて、それが地味に痛かった。

痛い顔見せたら、機嫌を損ねる気がして、両腕で庇って顔を隠してた。

動く度にラックに当たる肩がすごく痛かった。

痛い、痛い、って思いながら、時間が過ぎるのを待ってた。

気付いたら、Cさんが私の上から退いて居なくなった。

起きて上がって、やっぱり何が起きたのか分からなくて。本当は分かってたんだけど、受け止められなくて。

此処に居たら駄目だって思った。

体が痛いのを我慢して、トイレに行った。

中には出されてなかった。

少し安心してトイレから出たら、洗面所の鏡に自分が映ってた。

自分の姿を見たら、涙が出てきた。

少し泣いて、顔と格好を整えて、洗面所から出たら、Cさんがいた。

私は悲鳴みたいに少し叫んでしまって、咄嗟に逃げようとしたら、Cさんが、ごめん、っていうのが聞こえた。

ちゃんと心からの謝罪に聞こえた。

また涙が出てきた。

けど、このままここに居たら駄目だと思った。

Cさんが手に持ったタオルを差し出してた。

意味が分からなくて、受け取らなかったら、

ごめん、冷やして、って言われた。

無言のまま首を振って、荷物を拾って、玄関に向かった。

ずっと、ごめん、ごめん、ごめん、帰らないで、って言ってるのが聞こえた」


「電車に乗れなくて、タクシーで家に帰った。

タクシーの中で、家に着くまで、顔を伏せて泣いてた。

さっきまで、楽しくて幸せだった。

ずっとちゃんと楽しくて幸せだったのに。

ちゃんと好かれてると思ってたのに。

殴られる方も悪いと、ずっと思ってたのに」

「私は違うんだと思ってた」

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