第11話 休日

次の日は、快晴だった。

顔が、凄い勢いで腫れた。

久し振りの自宅で過ごす休日は、暇過ぎて、快晴過ぎて、なんだか死にそうだった。

気分を紛らわすために大量に洗濯をした。

洗濯ものを干した後、ベランダから窓際に腰を掛けて、きれいな青空を見てたら、サリンジャーの気持ちが分かる気がした。

拳銃があったら死んでいたかもしれない、と思った。


Cさんのマンションから帰宅して、すぐに寝落ちした。

目が覚めると、体のあちこちが痛かった。

とりあえずサッパリしたくて、お湯を溜めてゆっくりお風呂に入った。

全裸になってお湯に浸かってみると、肩以外にもアザがあることに気が付いた。

入浴で血行が良くなり、アザがはっきりするのが分かった。

湯上がりに洗面所で鏡を見ながら、

私は物のように扱われたんだな、って実感した。

洗濯もののように、私の色汚れも、洗って落ちれば良いのに。


今後のことを考えようと思っても、頭が真っ白だった。

冷静なのに、何も考えられない。

気が付くと泣いてた。

涙の塩気で顔がヒリヒリした。


人前に顔を晒す勇気がどうしても出なくて、病院へ行くと嘘を吐いて、月曜日は会社を休ませて貰った。

直属の上司である女性は、あっさり突然の欠勤を認めてくれた。

階段から落ちて顔を怪我をした、と話すと、

女の顔は一大事、お大事にね、と強く優しく言ってくれて嬉しかった。

職場に言った出前、本当に病院へ向かい、医師のすすめで眼科も受診した。

眼科の隣りは眼鏡屋だった。

帰りに縁の太い眼鏡を購入した。

眼鏡の試着で顔の怪我が痛んだが、掛けてしまえば大丈夫だった。

購入後、すぐに眼鏡の使用を始めた。

顔を怪我する、ということは、これ程注目を受けることかなのか、と痛感した。


帰路途中にあった美容院に入って、パーマを掛けた。

適当に掛けたパーマだったが、仕上がりは思った以上に気に入った。

パーマと眼鏡で、まるで別人のようになった。

別人になったつもりで、明日からまた働こうと覚悟した。


次の日、私は職場をざわつかせた。

直属の上司である女性は、少しだが悲鳴のような声を上げた。

所長も息を呑んでいた。

すみません、階段から落ちました、仕事お休みいただいてすみませんでした、と頭を下げた。

上司の女性が、顔以外は大丈夫なの?と聞いてきたので、少しだけ胸元の服をめくり、肩に出来た変に真っ直ぐなアザを見せた。

なにこれ、手すりの跡?と言われ、適当に頷くと、馬鹿だねもう、ぼんやりしてたんでしょう、と言われた。

はい、すみません、と言うと、

目を逸らしていた所長が私へ向き、

この位で済んでむしろ良かったのかもしれないね、気を付けなさいね、と言った。

ふたりの反応が嬉しかった。

他の人からの反応は、もう気にしないようにしよう、と思った。


相変わらず、私の涙腺は馬鹿なままで、

何処かへ消えた食欲も、戻らないままだった。


時々、泣くのを堪えながら働いた。


カフェオレなど液体で栄養を採っていたが、とうとう牛乳でお腹を下すようになってきた。

牛乳が大好きだったので、ショックだった。

食欲が無くても、正直、牛乳だけで生きて行けば良い、位に考えていた。

体調のため、野菜スープを飲むようになり、夕食に鍋をよく作るようになった。

鍋の残りでおじやを作り、ジャーに入れて、お弁当にした。

Cさんに会わない日々は、穏やかな日々だった。

とても穏やかで、色がなかった。


一度だけ、夜中にCさんからメールが届いた。

時間的に、酔った勢いなんだろうと考えた。

会いたい、と書かれていた。

横になったまま、ひとり静かに泣いた。


日が経つにつれ、顔は痛みが無くなり、色付き始めた。紫が濃くなり、アザになり、紫が薄くなり、緑や黄色やまだらに変色した。


ある日、ビルのトイレから事務所に戻る廊下で、所長に呼び止められた。

「Cさん、休業するらしいね」

私は驚いた。「いつからですか?」

「僕もよく知らないんだけどね。今日の朝、会社来るときラジオでちょっと言ってるのを聞いたよ。一年後だったかな」

「そうなんですか」

「知らなかったの?」

「はい、今聞きました。何ででしょう、体調が良くないんですかね」

「どうなんだろう。Aさんの方が詳しいかと思ったよ」

「いえ。知りませんでした」

「そう。呼び止めて悪かったね。ちょっと知ってたら聞きたかっただけだから」


所長が、私の顔色を見ているのが分かった。




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