第5話 告白の続き
今でも鮮明に覚えている。
真夏の夜。あの頃住んでいた私の部屋で。
窓側に座って喋る友人の姿。長袖の白い麻のシャツ。フルボトムの薄い色のデニム。
真夏だというのに、友人が全然暑そうに見えなかったこと。
緩いパーマの間から見えた白くて細い横顔。
「Cさんが事務所に来たとき、眼鏡もマスクもして帽子も被っていたけど、すぐにあの脚本家のCさんだ、って分かった。
たぶん私、顔に出てたんだと思う。よく見えなかったけど、少し笑ってくれた感じがして、Cさんが軽く会釈をしてくれた。
飲みものについて、お茶なのかコーヒーか、冷たいか暖かいか、いつものように好みを聞いて、事務所に戻って。
所長にお客様来ました、って言いに行った。
私、ちょっとぼんやりしてて、お茶の用意もしに行かないでしばらく所長の傍に立ってたら、所長が不思議そうな顔で私のこと見て、
ちょっと笑って、小声で、
もしかして本人が来た?
って聞かれた。
はい、いらっしゃいました、って答えたら、
来るかもしれないとは聞いてたけど、本当に来るもんなんだねえ、って言って、私の方見て、
内密にね、
って笑ってた」
「所長が応接室に向かってから、私もお茶を用意して、応接室に持って行った。Cさんはマスクだけ外していて、私がお茶を出したら、
ありがとうございます、
って、はっきり笑顔見せて言ってくれた。
私はいつもの、他のお客様と同じように、少し笑顔で会釈して、お茶を配ってお辞儀して事務所に戻った。それで終わり。
いつの間にか話し合いは終わってて、いつの間にかCさんは帰ってた。
応接室を片付けた後、所長から返却するために案件のファイルを受け取って、すぐDVの案件のファイルだって分かった」
「ああ、やっぱりそうなんだぁ、って思った。噂、あったじゃん、昔から。噂は本当だったんだぁ、って。なんか、結構ショックだった。あんな優しい顔で笑う人が、温かい話を作るひとが、家では恋人に暴力するんだ、怖いな、って思った」
「なんか、ふと、お父さんもこんな感じだったのかな、って思った。外面の良さ、というか、他人への魅力というか。こんな感じだったな、って」
「しばらくして、電話が掛かってきた。事務所に。Cさんの関係者から。先日、応接室に忘れものありませんでしたか、って。USBメモリが落ちてませんでしたか、って。
携帯の番号を教えられて、探してみて連絡が欲しい、って」
「電波の届かない場所にいることが多いから、留守電に繋がらなかったら、夜電話が欲しい、って言われた」
「探したけど、USBはなかった。何度か携帯に電話したけど、留守電には繋がらなかった」
「だから、夕方、退勤する前に元々いただいていたCさんの関係者の連絡先に電話して、出た人に一通り説明して、
探してみたけど、こちらにはUSBメモリはありませんでした、って伝えた」
「電話に出た人は、いつも事務所に来ていた人だった。
分かりました、ありがとうございます、って言われて、そのまま電話を終わろうとしたら、
あ、ちょっと待って、ってバタバタ慌て出して、
やっぱり夜電話して貰えますか、って」
「Aさんですよね、って聞かれて、
やっぱり夜、先程伝えた携帯番号に連絡貰えませんか、業務時間外で本当に申し訳ないんですが、一度だけ電話してください、後日ちゃんと説明しますから、すみません、すみません、って」
「それでバタバタしたまま電話が切れて。でも、私は夜、電話しなかった。所長にも言わなかった。相手方からも、折り返しの連絡は来なかったし。なんか、感じるものがあったから、電話はしなかった」
「なんかさ、私が前に痴漢によく遭ってた頃、Bから、"私も痴漢するならAを狙うかも"、"ぼんやりしてて気付かなそうだし、なんなら許してくれそうだから"って言われたこと、思い出したよ。
私は暴力がある家で育ったし、私は変に理解があるというか、殴られる方も悪い、殴る方も可哀想ってずっと思ってたから。
被害者になりやすいのかもしれない、狙われやすいのかもしれないな、ってなんとなく思った。
電話したら、もしかしたら、巻き込まれるかもしれない、と思った」
「所長には言わなかった。
所長に言ったら、強制的に終わりになるだろうから。
でも、なんだか怖いから連絡しない。
所長のことを裏切りたくない。
事務所の信用に関わるかもしれない。
ずっと連絡先を書いたメモだけ捨てられないで持ってた。
笑顔とか、色々忘れた頃、捨てて、終わりにすればいいと思った」
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