chapter2-5 捨て駒①

 ふと、瞼が上がる。

 久しぶりに長いこと眠ったような気がする。

 だというのにじっとりと肩に張り付くような重さはあまり消えてはくれなかった。

 溜息を、エスは吐いた。

 病室に一人、横たわる。



「よう」

 どすの利いた男の声がした。

 ガタイのいい体つきが、暗闇の中から差し込む。

 驚いた顔をして古巣イオリは口を開いた。

「……フィスクさん、どうしてここに?」

「布石っていうのはいくつも敷いておくものなんだよ。予防線も、仕込みもな」

 フィスクの背後にはとても個人で所有しているとは思えないほどの兵隊が構えていた。

「うちの社員サキは無事か? 生憎、いつでも捨て駒にできるような奴をおいておけるほど、ウチも余裕があるわけじゃなくてね」

 そういってフィスクは片腕を上げて、振り下ろした。

 軍隊が突撃する。

 逃げる間もなく、イオリとアサクラは拘束された。

 あまりにも一瞬のことであった。


 部下がふたりを確保する間、フィスクはかつかつと拘束された自身の部下の傍に歩いてきた。

「……一体、どうやって私を?」

「一応な、見張りを付けておいたんだよ。俺がアサクラだったらお前を狙うと思ってな、ところで」

 フィスクは穏やかな微笑みを顔面にべったりと張り付けたまま。

「何か喋ったか?」

 端的に、そう、用件を聞く。

「いいえ」

 部下の女はそう答えた。



 病室で眠っていたエスは起き上がり、着替えて部屋を後にする。

 カツカツと床を鳴らす靴の音が早足で響いた。

 ジクジクとした痛みが傷口に響くが、しかし致命傷ではないのだと言い聞かせて歩く。

「フィスク! フィン・フィスク‼」

 病室を抜け出し、監獄へ向かい、エスは声を荒げる。

「エス、怪我も完治していないのにそう荒く動くのは、よくないわ」

「申し訳ありませんナナ様、しかしながら――――」

 弁明を並べながら――情けない弁明を口ではつらつらと並べながら険しい表情のまま――ずんずんとエスは進み、『東京』の刑務所――フィスクの庭、と表現してもいいかもしれない場所、そこな一室。

 取調室のような場所にエスは立ち入った。

「イオリくんは⁉」

 バン、と扉が乱暴に開けられた。

 なかで立っていたフィスクは、おおう。と路地裏から野良猫が飛び出してきたみたいなリアクションをした。

「なんだい。もう怪我はいいの?」

「もういいんだ。それよりも!」

 エスの剣幕なんぞ空っ風のようなものだとばかりに、くい、とフィスクは自身の目の前のガラスを顎で示す。

 その向こう側で少年が冷たいスチールの机に突っ伏している。

 そしてどうにも、無傷とは言えない状態のように見える。

「イオリくん!」

「おっとっと、残念だけど部外者の君は中に入れないよ。これは取り調べで、少年くんは重要参考人なんだから」

「だからって!」

「まって」

 フィスクに突っかかりそうになるエスを制止したのは、意外にもナナだった。

「エス、あんまり熱くなってはいけないわ」

「……ナナ様」

「あの少年が心配なのでしょう? あんまり傷つけて欲しくないのでしょう? なら、フィンにあんまり突っかかってはいけないわ」

「……」

 すん。と大人しくなるエス。

 その様子に、フィスクは内心、なんか面白くなってしまった。

 ナナはそんな様子のフィスクに見向きもせずにエスにささやく。

「私からフィンには言っておくわ。ねえ、」

 彼に視線を向けずに、ナナはフィスクに言う。

「あなたも、エスを傷つけたら、許さないわ」

「肝に銘じておこう」

 冷たい壁に語り掛けるようにフィスクは上滑りする返答をした。

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閉鎖幽隔都市『東京』物語 葉桜冷 @hazakura09

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