chapter1-4 破壊の予兆
警視総監――
もとより毀誉褒貶が渦巻く人物だったのもあって、参列者の表情も様々でる。
「もっとも、いきなり死なれたものだから大変な思いをした人間が圧倒的だろうがね。もとより立場も権力も財力もほぼ世襲制で出来ている『東京』の人間では権力者が死んだので権力闘争を行うという意識が希薄だから、混乱も最小限だ。実に取り入りやすい」
「フィスク殿、故人がいる場でそのような……」
「いいだろ、この車には俺と、
皮肉気に答え、脚を組むフィン・フィスク。挑戦的なその顏がどうにもエスは苦手だった。
「フィン。あなたも彼の葬儀に参列するの?」
「もちろん。こういう場面での人付き合いは大切だ、ビジネスは人間関係だからね。なにも、きみたちのアッシーくんになるために来たわけじゃないさ」
「そう」
「そうさ。……それそろつきそうだな。やれやれ、しかしずいぶんと人が多い。流石に歴代でもっとも出生した総監殿だ」
停止したリムジンの扉が開く。
大股で降車するフィスク。
先にさっと降りて、ナナをエスコートするエス。
「ナナ様、お手を」
「ありがとう。エス」
「サキ。お前は車で待機していろ」
「承知しました」
喪服に身を包んだ三人が教会の中を進む。
『東京』人にしては珍しく、古巣総監は神仏の類を信仰しているわけではなかった。
教会は決してしっかりした建物というわけでもなく、隙間風が随分と吹き込んできたが、参列者が多いのが幸いしたのかそれほど寒いと感じることもなかった。
多くの参列者にとっては朗報だろう。
「ナナ様、寒くはありませんか?」
「だいじょうぶ」
エスはナナの傍ら。常に離れない位置にいた。
だが、ふと、視線の位置が動く。
人口密度の関係で寒くない会場の中でただ一人、小さく体を縮こませている少年の姿が目に付いた。
「彼は……?」
「古巣のとこの坊ちゃんだよ、可哀そうに。とっくの昔に母親を亡くしていたら、今度は父親が死んで天涯孤独の身になっちまったみたいだ」
エスのポツリと零した疑問にフィスクが答えた。
少し、むっとするナナ。
「そうですか……」
対し、エスは少年を見つめていた。
その小さく寒そうな背中をただ、見つめていた。
※ -
『…………以上だ。うまく――いや、別にうまくやる必要はないな。とにかくまあたのむよ、セリザワ』
「……」
セリザワと呼ばれた男は無言で電話を切った。
頬骨が浮き出たスキンヘッドの、背の低い男だ。
男は無言のままで支度を行う。
「……! ……!」
車の中には初老の男。
手足と顔を縛られて運転席に座っている。
「……⁉」
突然、車が走り出した。
スキンヘッドの男はそれを無言で見届けている。
※
葬儀はつつがなく進行していく。
おんぼろな暖房器具しかない教会内には絶えず隙間風が差し込んでいるが、ぐつぐつと揺らめく緊張感がそれを感じさせない。
なにか評価の別れる人間の葬式とはそういうもので、参列者のぐらつくマグマのような感情のうねりを感じる。
フィン・フィスクはそういう熱が好きなので、くつくつといった笑いが喉の奥にこみ上げているのを感じる。
凪色ナナにとってはどうでもいいものである。
シロキ・エスにとっては――。
ぐらつくような静寂に包まれた教会の中に於いて、ふと遠くから騒がしい車のエンジン音が聞こえてきた。
何やら車が爆走しているようで、その騒音が近づくことにエスは眉根をひそめる。
だんだんと騒音が大きく成ってきて――。
「ナナ様!」
エスはナナに覆いかぶさるように抱き着いた。
その瞬間に教会の入り口が炸裂した。
ちらりと見えたのは古びた車だった。それが教会の正門から中に突っ込んできたのだ。
車は何人か引き抜いた後、警視総監の亡骸を踏みにじり、神様にぶつかって停止した。
ぎゅるぎゅるとそのタイヤはまだ回り続けている。
「お怪我はありませんか? ナナ様」
「ええ。大丈夫よ。エスは?」
「問題ありません。今すぐここを出ましょう」
埃を払い、立ちあがる。
そしてナナが起き上がるために手を差し伸べた。
その手を取り、ゆっくりと立ち上がるナナ。
少し、嬉しくて微笑む。
ふと、ギャリギャリと停止した車の叫ぶ音が変わるのを聞いた。
エスが振り返ると、突っ込んできた車が再び動き始めていた。
車を止めていた神様の石像が崩壊しそうになっている。
同時に車はぐるんとまるでへたくそな逆上がりでもするかのようにあらぬ方向へ反転しようとしており、その着地点には少年――古巣警視総監の子息がいる。
「っ!」
反射的に体が動いているのをエスは感じた。
冷たい石の床を蹴る。
魚眼レンズを介したかのように視界が歪む。
はしっ、と確かに少年の小さな体を掴んだ感覚がある。
「エス――!」
ナナの叫び声が聞こえる。
直後の台詞は反転した車の出した轟音と爆発音にかき消されて聞こえなかった。
※
泣いている。そんな資格もないくせに。
わたしは、どれだけ罪深いのか。
そう考える。
自分が
そんな感覚をいつも夢で見る。
いつだって、わたしは彼女を裏切り続けている。
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