第3話 魔界一武道会
異様な熱気に包まれる魔界コロッセオ。円形のドームの観客席に囲われた正方形の闘技台の上では、腕に覚えのある強者どもが死闘を繰り広げていた。
その闘いぶり、猛る肉体と魔法のぶつかり合いを闘技台のすぐ横で眺めながら、わしはアルクが構えるカメラに視線を移した。
「待たせたな皆の者! マオリン降臨である! 今回は魔界の祭典、魔界一武道会の様子を撮影していくぞ! ――――これを見よッ‼︎」
カメラが闘技台に向けられる――と同時に、強力な雷撃がカメラに向かい飛んでいく。
ズガガガンッ‼︎
耳を劈く雷鳴。だがそれは闘技台を囲う結界により相殺され、白煙を空高く舞い上げた。
「こらお前達! カメラに当たったらどうするのだ⁉︎ もう少し気をつけながら全力で闘え!」
「そりゃ難しいっすよ魔王様! うおっと⁉︎」
「ヒハハ! よそ見してんじょねーよライス! 今年こそどっちが上か決めてやるよぉ‼︎」
「ちぃっ! 上等だぜパン‼︎」
わしの言葉も忘れた2体の魔族は、結界を破らんほどの魔法の応酬を繰り返す。
(まったく血の気の多い奴らよ。ま、見てる分には飽きぬがのう)
「この通りここ魔界コロッセオでは、毎年魔界最強を決める祭りが行われるのだ! 屋台やフードコートには魔界名物『ゴドローヌの地獄焼き』を始め、『マチュポンエキス濃縮ジュース』や『ヘルアイス』も並んでおるぞ!」
転送魔法で今紹介した食べ物を両手いっぱいに抱える。
「そしてなんと優勝者にはッ‼︎」
ドゴオオオン! とタイミングバッチリな轟音が闘技台から鳴り響いた。
それに合わせ、わしは胸を反らせ魔界一のドヤ顔をキめる。
「このわしに挑む権利が与えられるのだ! どうだ皆の者! わしに勝って魔王の称号と権利を手に入れるチャンスはすぐそこだ‼︎ 腕に覚えのある者は是非挑んでみるのだああああ‼︎」
(決まった。決まりすぎた。来年の魔界一武道会はかつてない規模になるだろうな。くひひひひ!)
「それでは残りは各試合のダイジェストを流していくぞ! 参考までに最後まで観ていってくれ!」
そこでカメラがとまる。後はアルクが撮った試合を切り抜いて編集したら完成だろう。
――――とそこへ。
「あ、魔王様、次は僕の試合なのでカメラお願いしてもいいですか?」
なんとそのアルクが、いつものようにニコニコしながらわしにカメラを渡してきた。
確かに誰にでも参加資格はあるが、まさか腹心のアルクが参加するとは初耳だ。
「意外だな。お前が武道会に出るなんて初めてじゃないか? というかお前闘えたっけ?」
「あはは、いつもは魔王様と一緒に観戦してましたからね。だけど僕もウィーチューバーになったことですし、今年は新しいことにもチャレンジしてみようかと」
「ほう、それはいい心掛けだぞアルク。精々励むとよいぞ」
「恐れ入ります」
(ってことはアルクの試合も撮影するべきか。あまり無様な負け方をするようならカットしてやるか)
正直顔と料理の腕でそばにおいているアルクに強さは期待していない。というかあいつが闘うところなど、出会って300年以上経つが見たこともない。
「おっ、始まるな……」
そして始まった第4試合。
アルクに対するは優勝候補筆頭の邪竜人・ワルドラ。魔力、闘気、経験、全てを高い次元で兼ね備えた魔界四天王の1人だ。
(あちゃー……よりによってワルドラが相手か。これはどう足掻いてもアルクに勝ち目はないな)
ゴングと共にゆっくり距離を詰める両者。強大な魔力を纏い半身で構えるワルドラに対し、アルクはなんの構えも取らずニコニコしている。もはや勝利を諦めたようだ。
「……あー、先に言っとく腹心アルク。俺は顔だけで魔王様の隣に立つ貴様をよく思ってない。よってこの場で貴様を葬り、俺があの方の隣に立つ」
「あははは、やだなーワルドラさん。腹心はけっこう忙しいんですよ? 最近だと機材の調達から現場のセッティング、編集用のソフトも使いやすいものを……」
「貴様と語らう気はない! いくぞッ‼︎」
ワルドラが前手から黄金の闘気を放ちながら一気に距離を詰める。
牽制と目眩し……のつもりだろうが、並の魔族ならそれだけで塵になるだろう。
そしてその凶悪すぎる闘気がアルクにぶつかると同時に、本命であろう魔力と闘気の複合技・魔闘粉塵拳がアルクのいた空間に放たれた。
もはや言葉で形容できない破壊音。火山が爆発したような、はたまた隕石が衝突したような超轟音と共に、闘技台を覆う結界にヒビが入る。
どうやら破壊力も隕石と同等かそれ以上らしい。大量に巻き上げられた土埃で、かろうじて保たれている結界内は何も見えない。
「アルク…………死んだか…………」
カメラを構えながらぽつりと呟く。死に際の映像が残るとは流石大物ウィーチューバーと言ったところか。これをアップすれば再生数1億も容易だろう。
(タイトル決めとこ。『大物ウィーチューバー◯◯、魔界一武道会で無事死亡して草w』とか? うん、これと派手なサムネで稼げそうだ)
そして徐々に晴れていく土埃。そこに立つのは1人のシルエット。
「やはり一撃だったか。アルクには蘇生魔法でもかけてやるか………………は?」
しかしそこに立っていた人物に目が点になった。
それはわしだけじゃなかったらしく、会場中が大きくザワついている。
「ふう、危なかったー。流石ワルドラさん。死ぬかと思いましたよ」
立っていたのはアルク。執事服に付いた埃を手で払いながら、他に伏したワルドラを見下ろしている。
「がはっ! …………き、貴様……なにを、した……」
「そんな特別なことはしてないですよ? 二撃とも痛そうだったので手で払っただけです」
意味が分からない。あの攻撃を手で払う、そんなのわしですら難しい――というか無理だろう。
しかしアルクの表情は変わらない。だがその笑顔が、逆に会場中を震え上がらせた。
「け、けけけ決着! 勝者アルクううううう‼︎」
そして下される審判魔族のジャッジ。もちろんその判定を疑う者はいない。
(…………まじ? こんなの優勝決まったようなものではないか。……………………え? わしあいつと闘うの⁉︎ てかあいつ勇者より強くね?︎)
そしてわしの予想通り、アルクは順調に、そして圧倒的な力でトーナメントを勝ち進んでいった――――。
「――――ふ、ふふふ、よ、よくぞ優勝したなアルク」
「はい、なんか頑張ったら勝てました」
やはり優勝したのはアルク。トータル8試合、全てにおいて手払いのみで終わらせてしまった。
(こいつこんな強かったのか……。こいつ、わしより強くね?)
流石のわしも身震いしている。だがそれを表に出しては魔王の威厳も尊厳も失ってしまう。
――こうなればなんとしてもこいつに勝つしかない。もはや動画のことなどすっかり頭の中から抜け落ちていた。
「では始めよう。魔王の座を賭けた最高のショーをなァァッ‼︎」
実に3日ぶりに解き放つ本気の魔力。
あの時はサタンスライムに吸われたが、アレはわし対策を施した特攻キャラみたいなものだ。
そうでもない相手なら、いくら強くても関係ない。
「で、出たぞ! 魔王様の魔神気‼︎」
「エッッッグ! あんなのどうやって勝てばいいんだよ⁉︎」
「いや分かんねーぞ⁉︎ アルクの野郎も無茶苦茶だからなぁ‼︎」
勝手に盛り上がる観客席。しかし一方のわしは完全に動揺していた。
(どどどどうしよ⁉︎ なんか勝てる気しないんだけど⁉︎ なんかアルクが異様に大きく見える⁉︎)
まるで蛇に睨まれた蛙のようだ。足が小刻みに震え、アルクから逃げ出さないよう踏ん張るだけで精一杯だ。
(お腹痛いって棄権する? そしたら魔王としての威厳は保たれ――るわけないよな…………)
もはややるしかない。そう覚悟を決めた瞬間――――。
「あ、僕魔王の座とかいらないんで棄権します」
「………………へ?」
アルクの一言に会場中の時が完全に止まった。
「僕が魔王様に敵うわけないじゃないですかー。それに僕、あくまで魔王様の腹心でいたいだけなので」
それだけ言い残し闘技台から降りるアルク。
その後ろ姿を呆けて眺めるわしだったが、ハッと我に返った。
「ふ、ふざけるな貴様‼︎ わしに華を持たせるつもりか⁉︎ 舐めるでないぞ‼︎」
「舐めてません。それによく考えてください魔王様。僕と魔王様、2人ともここにいるということは、動画も撮れてないんですよ? これ以上は無意味です!」
(こ、こいつ、魔王の座よりウィーチューブ優先だと⁉︎ …………そうか、これこそが真のウィーチューバーということか……)
完全に分からされた。わしはこいつに負けていたのだ――――ウィーチューバーとして。
「……分かったよアルク。わしが間違っていた」
「魔王様……」
静まる場内。交わされる手。こうして第521回魔界一武道会は幕を下ろしたのだった――――。
――――翌日。
「なあアルク、もし本気でやり合ったらわしとお前、どっちが強い?」
編集を手伝ってくれているアルクにふと聞いてみた。
アルクはわしに視線を移すと、少し考え意外な答えを口にした。
「僕、魔界のために頑張る魔王様を本気で尊敬してるんです。だから魔王様相手に僕が本気を出すなんて不可能。よって魔王様の勝ちです」
「き、急に腹心ぶるなバカ! まったく、お前は本当に困ったやつだなまったく!」
「顔が緩んでますよ?」
「うるさいバーカバーカ! お前など知らん! 一生わしの腹心やってろバーカ!」
盗撮されていたその一部始終は『魔王の腹心チャンネル』にアップされ、ツンデレロリ魔王爆誕祭と話題になっていた。
再生数:53841
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