第2話 安直なエロは悲劇しか生まないって習わなかった?

「…………これはいったいなんだアルク?」

「ん? 見ての通りですが?」

「……そうか…………」


 今日は2本目の動画収録。

 登録者100万超えのマンモス投稿者だと判明した腹心に用意された現場に来たわしは、そこに広がる光景に呆れ返っていた。


 ――――場所は魔界の森の中にある大きな池・通称『亡者池』。しかしそんな名前とは裏腹に、魔界イメージ払拭キャンペーンにより瘴気一つない澄んだ池だ。


 そんな綺麗な池の中には、一見水と見紛う魔物・スライムが群れをなしていた。


「さあマオリン。登録者1億人のために水遊びを! さあ‼︎」


 呆れるわしに対し、アルクは荒い鼻息でカメラを構えている。こいつこんなキャラだったか?


「まさか2本目にして安直なエロを投稿する気か? …………確かにわしは可愛いが……だがこの格好はなんだ?」


 視線を下げる。一見ワンピースのような紺色の服。だが太ももはギリギリまで見えているし、質感も触ったことのないゴワゴワしたものだ。オマケに胸元からお腹に張られた白い布には『まおう』と書いてある。


「それはスク水と言う人間の発明品です。なんでも水に入るために開発された画期的な服だとか。とてもよくお似合いですよ?」

「もうよい。お前を信じるとする。これで本当に登録者数が爆上がりするんだな?」

「まず間違いなく」

「…………仕方あるまい」

「では早速開始しましょう。3……2……」


 その声に応じ、わしは気持ちを切り替えた。魔王たる者の務めだ。


「皆の者、マオリン降臨である! 今日は浄化された亡者池と、魔界の可愛いマスコットキャラ達を紹介していくぞ! それが――――こちら!」


 アルクがカメラを振り向かせ、スライムたっぷり亡者池を映す。


(ここでババーンというSEを入れよう)


「見ての通り水質はスライムも住めるほどに綺麗! しかもしかも、周囲の森にはデスジャッカルやフォレストゴーレムがウヨウヨ住み着いており修行に持ってこいだ! 皆の者、是非ここで心身ともに鍛えてくれ!」


(決まった。これを投稿した日にはここが超人気修行スポットになるだろう。そして最後のダメ押しに……)


 亡者池に少しずつ足を踏み入れていく。

 少し冷んやりした池の水。一歩足を進める度に池底の青土が舞い上がり、太ももの高さまである池が青く染まっていく。映えスポットにもなりそうだ。


「見よ! この青砂と水色のスライムのコントラストを! この光景をカップルで見ると結ばれるという御利益もあったりなかったりする…………ん?」


 何かがわしの足に絡み付いてきた。いや、ここにいる魔物はスライムだけなんだから、その正体は考えるまでもない。

 だがその触り方はなんとなくイヤらしく、まるでウネウネとした触手のようにわしの足首、膝、太ももと、その毒手を伸ばしてくる。


「えーっと、アルク? このスライム変じゃないか? なぜ魔王のわしに絡み付いてくるのだ?」

「それはそうですよ。だってその子達、僕が頑張って教育したんですから」


 嫌な予感がする。


「魔王様の着なくなったお召し物や使った食器、そこに残った匂いと魔力を毎日覚えさせました。今では魔王様の匂いを嗅ぐだけで交尾モードに入ります」

「…………は?」

「ああ流石魔王様……魔界のためにこれほど体を張っていただけるなんて、感動で胸が張り裂けてしまいそうです」

「ちょっと待て」

「安心してください。魔王様を食べたりしません。これもチャンネル登録者を増やすため。僕はここから魔王様があられもない姿になるのを涙を飲んで見守らせていただきます」


 こいつとんでもない奴だった。まさか魔王であるこのわしをスライムに襲わせるつもりなのか。いや、そもそもわしが少し本気を出せば、スライムなど跡形もなく消し飛ぶはず。


(これ以上は垢BANされかねん。やむを得まい……)


 軽く魔力を纏う。

 スライム達は喜んでいる。

 少し強めに魔力を纏う。

 スライム達はさらに喜んでいる。


「…………アルク、説明」

「言ったでしょう? その子達は魔王様の魔力に少しずつ慣れ適応した個体です。言うなればサタンスライムとでも命名するべきでしょうか」

「……ふ、ふざけるなバカモノ‼︎ もう知らん! 動画のためを思って我慢していたが勘弁ならぬ‼︎ こんな矮小なスライムごとき、わしが本気を出せばッ‼︎‼︎」


 久しくだしていなかった本気の魔力。

 大気が震え、天が裂ける。わしの体を覆うのは、かつて魔界中を震え上がらせた漆黒の魔神気。

 この気に触れた者は皆灰燼と化し、この気の前ではどんな魔法も消滅する死のオーラ。


 ――――のはずだった。


「んなっ⁉︎ なんでこいつら無事なんだ⁉︎ それどころかどんどん大きくなってる⁉︎」


 だが結果は見ての通り。スライム達はその体積をどんどん広げ、今ではわしが見上げるほどの巨体になっていた。


「おー、流石サタンスライム。魔神気まで食べちゃうなんて凄いですね!」

「感心してる場合か! ……ひゃうっ⁉︎ や、やめろお前達! わしは魔王ぞ⁉︎ 服の中に入ってくるなあああああ‼︎」


 サタンスライムから伸びた触手に拘束される。いくら抵抗して魔力を込めても、その魔力自体喰われていく。

 そして無慈悲な触手は、さらにスク水の中に侵入してきた。


「あひゃひゃひゃひゃひゃっ‼︎ そ、そこくすぐったい! やめ、すぐにやめよ‼︎ それ以上はほんとに無理、らめええええ‼︎」



 ――――こうして、亡者池は後に『マオリン敗北池』として【マオリンの配下達】に聖地登録されることになるのだった。

 ちなみに、サタンスライムはアルクが軽く魔力を放ったら元の大きさに戻った。






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