第2話
「とあるご家庭のペットとして買われたわ」
もう何年も、伝書鳩の役割を果たして来た俺にとっては”ペットとして飼う”ということが理解出来なかった。
「それじゃ、これからも頑張ってね」
そう一言告げると、おばちゃんはいそいそと帰り支度を始めてしまった。何だかそっけないな〜…こうもっと…愛情とか…。
仕事相手だし、そんなもの無いか。
ペットとして飼われることで、この冷めた感情が、何か変わるのかな?
俺が心を開いた人なんて、今まで生きてきてたった一人しかいない。
どの職場も、俺を道具としか見ていない。
今回のおばちゃんは、今までで一番良い対応をしてくれた。
ため息をついて、俺は窓から飛び出す。
好きだった街並みを超えて、指定の場所まで飛び立つ。
目指すは、俺を買い取ったフォークタルト家。
ここからかなり距離がある為、お菓子屋に寄って腹ごしらえを済ませてから。腹が減っては戦は出来ぬ。戦って程でも無いけど。
「あっ!あれ伝書鳩のスパローだ!」
「おーい、こっち向いて〜!」
無邪気な男の子が俺を指差す。
それにつられて周りの人々も俺に視線を向ける。
チヤホヤされるのは嬉しい事である。
たまにファンサービスということで、カワセミならではの急降下を見せつけてあげることもある。「かっこいい」なんて言葉が聞ければ、なお良い。
クッキーを一つ咥えて、丁度良い追い風に乗って加速する。まるでこの街が背中を押してくれているように思える。
~~~
赤い屋根。それに庭付きの二階建ての家。
裕福な家庭を連想させるような外観。
そして………ド田舎。
人っ子一人見当たらない。
家の周りは花か楽しそうに踊っている草原が続いている。建物はこの家以外一つも見当たらない。
居るのは一心不乱に草を頬張っているヤギや馬のみ。
家の前には男の人と女の人が一人づつ。横には母親の手を繋ぐ小さな子供もいた。
玄関のドア前には長髪の女性がもう一人。メイドさんかな?
俺は羽の動きを緩めて、高度を下げる。
すると、草を食べていたヤギたちが視線をこちらに向けた。
食われないよな!?
…いや草食だし、流石にだいじょ、、、
恐る恐る低空飛行を続けると、奴らは口に含んでいた草を放り捨てて、こちらに向かって走ってきた。目の色を変えて。
「キーキー!」
情けない鳴き声を上げながら羽をバタバタさせる。
「コラッ!意地悪しないの!!」
一人の女性がヤギたちに怒号を浴びせた。
母親の手を繋いでいた少女はその怒号に驚き、父親の背中に隠れる。
「ごめんね〜マレン。怖がらせちゃって」
怒った顔をすぐに下げて、一瞬にして笑顔を作ってみせた。
「おかーさん、だいじょうぶだよ」
マレンちゃんは父親に背中を押されて母親の胸元に飛びついていく。
そんな微笑ましいやり取りを見ながら、俺はスピードを緩めて地面に着地する。
「あら可愛い、この子がうちのペットね!」
「こんなに可愛いのに言葉も理解できるらしいぞ!」
「わ〜〜い、ペット、ペット!」
俺は『伝書鳩のスパロー』だぞ?あの有名な学校で仕えていた知能のある鳥だぞ?
いや……でも、こんな歓迎をされたのは初めてかも…?
「言葉が伝わるなんて嘘に決まってるでしょ、噂を真に受けちゃダメだってよく言ってるのに」
ドアからずんずんと向かって来た長髪の女性は、歩きながら呆れたように、家族全員を睨んだ。
メイドさんだと思っていた長髪の女性は、話し方的にお姉ちゃんっぽい。
……俺は警戒されているのか?
彼女はずっと俺をを睨みつけてきている。
第一印象、最悪。虐められないよね?
絶望している俺の前に、躊躇無く長髪の姉が俺の前に立ちはだかった。
「おい鳥!私の頭の上に止まりなさい!」
「ちょっとラッキー、そんな言い方無いでしょ。しかもその子は”スパロー”っていう名前があるんですよ」
お母さんのフォローが無かったら危うくラッキーとかいう舐めたガキに突撃をかますところだった。
「私が証明してあげるから!言葉が分かるなんて…」
俺は平然を装ってラッキーの頭上に飛び乗った。ラッキーの顔は、段々と青ざめてゆく。
「ほ…んとに分かってるんだ…」
ラッキーは声を搾るようにそうボヤいた。
他の家族は笑顔で俺を賞賛してくれた。
~~~
鳥小屋が置かれている庭で。
マレンちゃんによる家族紹介が始まった。
「マレンの、本名は、マレン•フォークタルトだよ!
それに、あの長髪が私のおねーちゃん!ラッキー姉!
それで、おかーさんがノノっていう名前!可愛いでしょ!」
…お父さんの紹介は?
窓から泣きそうな顔をしたお父さんがこちらを見ていた。そういう時もあるよ、旦那!
マレンちゃんはそんな事を気に留めず、話を続ける。
「お父さんたちは動物を飼うのが好きで、
めずらしい動物をテイムするのが趣味なんだって!」
取って付けたような補足に、お父さんの紹介が入った。名前も言って欲しかったが…。
テ、テイマー…?
俺たち動物が恐れるあの、テイマー!?
絶望して俯いた俺を気遣って「スパロー、元気出して?」と頭を撫でてくれる。
子どもの手というのは、何でこんなに安心感が満ち溢れているのだろう、直ぐに平常心を取り戻すことができた。
「本当に言葉が分かるのね、スパローちゃん」
ノノさんはうふふ、と笑いながらこちらに向かって歩いてきた。
「魔法でもかけられているみたいね、本当に」
魔法ね…。
呆れるように顔を背ける。
「それとお父さんの名前はセトよ、忘れないであげてねマレン」
ノノさんは優しい目をしている。
マレンちゃんを撫でる時も俺を見る時も、ラッキーを叱った時も。目の奥に底知れない包容力を感じる。
「これからよろしくな、スパロー!」
二階の窓からセトさんが手を振ってくれる。それに呼応して他の二人もよろしく、と声をかけてくれた。
もう一人は…俺の事を良く思っていないらしい。
こうしてフォークタルト家と暮らす日々が始まった。
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