第30話 真昼のダメ男図鑑

「おいA! 上手くやったなこの野郎〜」

「俺、優秀だから〜。会長の娘と言っても、本人は平凡なオジョウサマだからな。ちょっと褒めて、愛を囁けばチョロいチョロい」

「なんだよ。そんなに簡単なら、俺もやればよかったぜ」

「お前じゃ無理だろ。鏡見ろよ」


 ゲラゲラと笑う男達。その中の一人は、私の婚約者だ。

 彼は私の父が経営する商会の支店長だ。最年少で昇進して、将来有望と父から紹介された。

 初めて会った時から、とても優しかったA。一人娘でありながら、両親の方針で進学も就職もしていない私の身の置き場のない思いに理解を示してくれた。


 彼からの告白でお付き合いして、デートを重ねて三ヶ月後にプロポーズ。

 今日はAの妹からの提案で、サプライズで彼に会いに来た。


(まさか私の方がサプライズされるなんてね)


 なんて最低なサプライズ。別れ際の義妹の顔を思い出す……あれは確信犯だ。ブラコンの気がある彼女に好かれていないのは分かっていた。

 幸せの絶頂期に奈落の底に突き落とされて恨めば良いのか、結婚前に本性が知れて感謝すれば良いのか……とても複雑だ。


「婿入り後も、良い旦那さんごっこするのか? 期限付きならともかく、ずっとはキツくね?」

「無理無理。ストレスで死んじまう。あの世間知らずのお世話係なんて、結婚したら即終了だ」

「結婚しちまえばコッチのもんってか?」

「会長は商会のことしか頭になくて、娘には無関心だからな。跡取りさえ生まれれば満足なんだよ」

「ヒデー」


 扉越しに私に聞かれているなど想像もしていないのだろう、男達の不愉快な会話は続く。

 昼間だというのに酒が入っているのか、声が大きいので難なく聞き取れる。


「姑は元貴族だっけ。なんか面倒臭そうだな」

「貧乏貴族が、金のある男に娘売った結婚だからな。姑は夫にも娘にも無関心で、貴族のプライドとやらにしがみついてるだけだ。こっちから突かなければ、あっちから絡んでくることはねぇよ」


 自覚していたことだけど、他人に揶揄されれば流石に傷付く。


 父は、私を商会の後継者を産む者としか見ていない。だから私は花嫁修行の女学校にしか行かせてもらえなかった。時間を持て余した私は、商会の手伝いのようなことをさせてもらっており、Aともその時に出会った。


 母は、半分平民の血をひく私を疎ましく思っている癖に、私が平民のように働くことを良しとしない。私が嫌いなら放置すれば良いのに、半端に干渉しては私の行動を制限する。

 母は私に「親の言う通りに結婚して、家の為に尽くす事」を強要してくる。……まるで思うようにいかなかった自分の人生を、私にも押し付けることで鬱憤を晴らしているかのようだ。



私:大きな商会の娘。Aと婚約済。自由に使える資金、頼れる親戚、思いを寄せてくれる異性はいない。

A:私の婚約者。商会の支店長。

父:私の父。商会長。商売の為に貴族の母を金で買うように結婚。妻子に無関心。

母:私の母。元子爵令嬢。貴族として生まれてプライドが高く、父を毛嫌いしている。私に自分を重ねている。



* * * * *



(なんだこれ!!???)


 手にした紙に書かれていた文章に、シルバーは驚愕した。隣のアレキサンダーも動揺している。

 二人の気持ちはわかる。一瞬、違う世界に飛んだのかと思ったもんな。


「ッカー! 今回もどうしようもないダメ男ねッ! 吐き気がするわ!」

「女どころか、世の中舐めすぎじゃなくて!?」

「本当に優秀なら、とっくに独立してるはずでしょっ! 自己評価高すぎてムカつくわっ!」


 会場の至る所から、罵倒の声が上がる。


 チリンチリーン……と、再び鈴が鳴った。


「それではシンキングタイムです。『私』がどうすれば幸せになれるか、グループ毎に話し合ってください。休憩後にグループで出した結論を発表してもらいます」


 スタッフの言葉を皮切りに、女性達は殺る気満々で意見交換を始めた。



「普通の小説なら、ここでカッコイイ幼馴染が出てきて主人公を助けてくれるんですけどね〜」

「相手の本性暴くにしても、所持金なしはキツイわね。人を雇えないわ」

「親に訴えても、黙殺されそう」


「……アタシ、Aだけじゃなく両親も捨てるべきだと思うわ」


「ちょっと、バタフライさん。いつもの『男を潰す方針』にした方が丸くないですか?」


 SM女王様──もとい、スフィアに対して、ルミがサラッと恐ろしい事を告げた。


(いつもの!? 毎回、男を潰す方法を話し合ってるのか!?)


 シルバーは怯んだ。


(恐ろしい会合に来てしまった。男だとバレたら殺されかねない……)


 アレキサンダーも同じことを考えたのか、震え上がっている。


「ピンクボム。この状況じゃAを叩きのめした後も、決して『私』は幸せになれないわ。彼女には新しい環境が必要よ」


 ここでルミはピンクボムと名乗っているらしい。

 頭のお団子、もしかして爆弾イメージしてるのか?

 よくわからないセンスだが、そのポリシーを貫くなら、永遠の最後列が確約されたな。


 それにしても、S嬢が「叩きのめす」と言っても、プレイにしか聞こえないぞ。誰か鞭をお持ちしろ!


「……まあ。良い家庭環境とは言い難いですけど、そこまで考える必要あります?」

「学校のテストなら、想像を交えず、書かれている文章の範囲で出題者が求める解答をすべきだわ」

「なら──」

「でも、これは試験問題じゃない。──人生の問題よ」


 スフィアは真剣な表情だ。ただし、その姿はSM女王。


「作り話だとしても、私は真剣に『彼女』に寄り添いたい」

「バタフライさんは、弁護士志望でしたっけ?」

「ええ。貴族であれば顧問弁護士を雇っていたとしても、離婚となると夫に雇われる流れになるでしょう。家庭問題に理解ある弁護士を、女性が自力で探すのは困難……アタシは弁護士になって、『読書サロン』と提携して、頼れる相手が居ない女性の味方になりたいの!!」


(スフィアのやりたい事って、これだったのか……)


 スフィアは学力が高いので進学自体は難しくないが、女性で法学部となると中々狭き門だ。

 それでも諦めたくないのだろう。シルバーと別れてでも、彼女は自分が信じる道を進むつもりなのだ。


 崇高な志を語っているが、相変わらず見た目はSM女王なので凄くシュール。

 そしてスフィアは他人の問題トラブルに首突っ込む前に、先ずはマウントガールズとの問題トラブルを解決しような。

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