第29話 お前が◯◯になるんだよ!

 自信満々のアレキサンダーは城に戻ると、ある部屋へ向かった。


「母上ッ! エスメラルダの奴が、いかがわしいサロンを開いていますッ!」


 彼が放った最終奥義は、そう──。



『王妃進言(カアチャン ニ チクル)』



 ……マジかよ。お前凄いな。

 どうしよう。この逸材を帝国に渡すのが惜しくなってきたぞ。

 見てみろよ。シルバーの奴、凄く居た堪れない顔してるぞ。今すぐ消えてしまいたいと言わんばかりだ。


「……アレキサンダー。お前には色々言いたい事がありますが、今は置いておきましょう」


 先触れもなしに訪れてコレである。

 手のかかる息子に、アリアネルは溜息を吐いた。

 おいおいアレキサンダー、完全に諦められてるじゃん。


「エスメラルダのサロンは、私も気になっていたところです」


 アリアネルは王妃として、常に女性達の動向を把握しなければいけない。

 彼女のサロンが話題になった際にも、すぐさま姪であるエスメラルダを呼び出した。

 しかし例の如く「至って普通の読書サロンと、音楽サロンです」としか説明されなかった。

 少々強めに問うても「王妃様がお気になさるようなものでは、ございません」と、彼女を伯母ではなく王妃と称して、更に一線ひかれてしまった。


「本人から情報を得られない以上、こっそりと探ることにしましたが、私の手駒は全滅しました」

「え!?」

「サロンに参加した私の友人も、侍女も全員が『至って普通の読書サロンと、音楽サロンです』としか言わないのです」


 なにそれ怖い。NPCって感染するの?


「例のサロンは、今や超人気コンテンツ。開催スケジュールが発表されると同時に、チケットは即完売。午前の部も、午後の部もB〜SS席全てがです」


 それ本当にサロンか? 


「ここに読書サロンの立ち見席(音楽サロンの見学付き)チケットがあります」

「これが……」


 王妃がベルを鳴らすと、銀の盆に乗せられた二枚の紙がアレキサンダー達の前に運ばれた。

 おい誰か、読書サロンなのに『立ち見』ってところにツッコめよ。


「こんなことで陛下に王家の影を動かしていただくのはどうかと思い、私とオブシディアン公爵夫人が潜入するつもりでした……」


 神妙な顔で告げる王妃だが、本当は話題のサロンが気になって義妹と一緒に嬉々として参加するつもりだった。


「男性の方が影響を受けないかもしれません。お前がエスメラルダを理解する良い機会です、二人でお行きなさい」

「ちょ、ちょっと待ってください母上! 例のサロンは男子禁制でしょう!?」


「女になれば良いじゃない」


「──は?」


「お前が女になれば済むことです」


「え?」


 こうしてアレキサンダーは、またもや墓穴を掘り、友人を巻き添えに女装して潜入捜査することになった。天才かよ。





「メジェ様と、ジェド様ですね。ようこそ読書サロンへ」

「「……」」


 アレキサンダーとシルバーは体格が良い方なので、どんなに顔が整っていようとジェンマ国のドレスでの女装は厳しかった。

 王妃の部屋で散々試したが、門前払いどころか、通報されそうな仕上がりになってしまう。

「イケメンなら、女装したら美女になれる」と言うのは、フィクションだけだ。女装で大事なのは顔立ちじゃない、骨格だ。


 幸いにもコランダムの女性服は露出が少ないだけでなく、体の線も出難い。留学生軍団が在留している今なら、コランダム風ファッションでも疑問を持たれる事は無いので、そちらを採用した。

 まあ、そもそも留学生が来なければ、例のサロンは生まれなかったので、何とも複雑な感じだ。


 ともあれ、男二人は少し肩を窄めて、猫背になることで何とか女になり切る事ができた。



 今回の開催地は、某伯爵の屋敷。

 例のサロンは大ホールを持つ貴族宅、六ヶ所を順繰りにして開催しているらしい。


 会場にはいくつものテーブルがセッティングされていた。テーブル一つにつき、椅子が五脚。それが合計九セット。

 明るい室内は飾り気がなく、どちらかと言えば無機質。あまり女性の社交場という感じはしない。

 試験会場とか、研修所のような雰囲気だ。


 シルバー達は、壁沿いに並べられた椅子の後ろに誘導された。

 椅子がB席で、シルバー達は立ち見なので椅子と壁の間だ。


「(おい、シルバー……)」

「(あれってやっぱり、そうですよね……)」


 会場入りした女性達は、目元を隠す仮面を装着していた。シルバー達はその中に元カノの姿を見つけた。

 別に愛のなせる業ではなく、普通に二人は浮いていた。


 まずルミ。彼女は変装のつもりなのか、いつものツインテールではなく頭頂部で巨大なお団子を作っていた。

 頭の上にもう一個ピンクの頭がある。すごい毛量だ。

 受付の女性はチラリとルミの頭部を確認すると、最後列のテーブルに誘導した。


「また!? 何でいつも一番後ろなの!? もー、クジ運悪すぎぃ」


 いや、クジとか関係なくそのお団子が邪魔なんだよ。後ろの人の迷惑になるからな。

 前に行きたきゃ、ヘアスタイル変えろ。


 スフィアは、特に奇抜な格好をしているわけではない。非常にナチュラルで……それが問題だった。

 他の女性達は「ああ、顔を隠してるんだな」という変装感が出ているが、彼女は逆に真の姿っぽくなっている。

 うん。一般人の中に、ガチのSM女王様が紛れ込んでいる感じだ。ここまでくると凄いな。何着てもそっち方面にいくじゃん。


 スフィアとルミは同じテーブルに着席した。奇しくもシルバー達の目の前である。

 二人の視界に入らないよう、顔を背けた男達は同じように立ち見している、コランダム人の二人組と目が合った。


 言葉を交わすまでもない。

 お互いに、女装した男だとすぐに分かった。

 何故って? 肩内巻き猫背仲間だからだ。


(おそらくジャスパー・ベリルとスレートだな)


 彼等はコランダムからの男子留学生だ。

 ジャスパーの瑠璃のような瞳と、スレートの紅玉のような瞳は珍しいので、シルバーは目を見るだけで気付く事ができた。


 ジャスパーはコランダムの留学生達の、リーダー的ポジションをしている。

 休み時間はトイレに行くか、ナンパしてるかの二択なコランダム男子だが、ジャスパーはその辺は真面目らしい。

 少なくともシルバーは、彼が女性に粉をかけている姿を見たことはない。


 逆にスレートは寡黙で、目立つ感じではない。

 コランダムの男子は積極的──要はチャラいので、物静かなスレートは逆に印象深かった。彼は今回の留学を学習の機会と捉えているようで、休み時間も黙々と勉学に励んでいる。

 ナンパはおろか、他人と話している姿自体がレアな人物だ。


(女生徒達が嵌っているサロンの実態を確認するため、ジャスパーが潜入を思いついて、スレートは協力者ってところか)


 間抜けな行動が目に付くシルバーだが、学校の成績は良いのだ。記憶力には自信がある。

 それが、現実に活かされていないだけで……


 参加者が揃ったのを確認して、ホールの前から後ろに向かって紙の束が回された。

 上から一枚とり、後ろの人に回す。紙は合図があるまで伏せておくよう指示された。テストかよ。


(これが読書なのか? この文章量だと、書かれているのは詩か……?)


 事前に課題図書の指定はなく、ホールにも本は置かれていない。読み物らしきものは、手元にある紙一枚。


 困惑するシルバー達を他所に、既に何回か参加しているのであろう女性達はジリジリと鬼気迫る様子で合図を待っている。やっぱテストじゃねぇか。


 チリンチリーン……


 ホールに鈴の音が響くと同時に、バッと勢いよく参加者達が紙を捲る。

 勢いに釣られて、紙に目を通したシルバーは驚愕した。

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