第28話 それ絶対ヤバいやつ

「うーん、あまりよろしくありませんね……」

「そうよね。どうしたら良いのかしら……」


 婚約者達の思惑など知りもしないダイアナとエスメラルダは、至って真面目に与えられた役目をこなしていた。


 王太子サフィルスの婚約者は、コランダム国の第一王女ルベルだ。

 二人の婚姻を前にした両国の親睦目的で、今回ジェンマ国は集団留学生を受け入れた。


 普通ならここで交流委員の任命とか、歓迎会とか、新キャラ登場とかを丁寧にやるんだろうが。他所は他所、ウチはウチ! そういう日常パートは全部スキップだ!!



 コランダム国は別名、熱砂の国とも呼ばれる。

 男性は露出が多く陽気、逆に女性は強い日差しや熱風から身を守る為に目元以外を覆い隠すファッションで物静か。更にその目元も、隈取のような独特なメイクをしているので個人の判別が難しい。

 正直、胸元にゼッケンつけるか、ビブス装着して欲しい。


 男性陣は、早々にジェンマ国の生徒達と打ち解けた。

 異性に対してかなり積極的なので、既に痴情の絡れがチラホラ報告されている。ナニしにきたんだお前達。


 だが男性陣よりも、もっとダイアナ達を困らせているのが女性陣だった。

 露出が少ないだけなら全く構わないのだが、彼女達は非常に内向的であった。

 今回の留学自体、親に言われて渋々来た感が凄い。

 放課後は基本、寮に引きこもり。授業も自分からは発言しないし、休み時間は直ぐに同郷同士で固まってしまい「話しかけるな」オーラが凄い。


「コランダムでは子女は家長の財産であり、特に女性は権利が弱いのよ。婚姻前は父親の、婚姻後は夫の所有物扱いなの」

「父親の命令だから留学に来たものの、母国で自己主張する事がないから、交流という行為そのものが苦手なのかもしれませんね」


 男尊女卑と言ってしまえばそれまでだが、それがコランダムの文化であり、国民が受け入れているのであれば、外野が批判することではない。


 ジェンマ国は男女関係なく基本長子優先で、エスメラルダのように女性が家を継ぐケースは多々ある。

 それは男女平等というよりは、女性が跡取りの場合は、父親が誰であろうが絶対にその家の血を受け継ぐ子供が生まれるという考えからだ。

 当主という位置付けだがそれは形だけで、実務は夫が受け持つ事が多い。


 エスメラルダに関しては、バリバリ実務の方もこなせる。

 最初は万が一の為と勉強していたが、婚約者がアレなので実権を握らせるのは危険と判断した。


 アダマス家はその辺は緩く、平民の感覚を引きずっている。

 そんな上等な家柄でもないので、クレイは家の存続はあまり気にしていない。彼は自分が生きている間、社会的に成功して、がっぽり稼げれば満足なのだ。

 ダイアナが子沢山だったら、アダマス家の後を継がせるかもしれないが……うん。シルバーが先日、またもや判断ミスをしたのでそれも怪しくなってきたな。


 ちょっと不吉な流れになったので話を戻すが、男の当主の場合は托卵される可能性があるが、女なら浮気しようが血統は絶対に保証される。

 そんなわけで由緒正しい血筋を誇りにしている家だと、敢えて長女優先にしている事もある。

 ジェンマ国では普通とされている考えだが、この考えに忌避感を抱く国もあるだろう。それと同じだ。


「折角留学に来たんですもの、ストレスを感じるだけなんて残念だわ。何か彼女達が楽しめるものはないかしら」


「……環境が違っても、人間の根本的な興味は共通かもしれませんね」


 前世の記憶と、マウントガールズを思い浮かべながらダイアナは呟いた。


「ちょっと思いついた事があるので、試してみましょう──」


 ダイアナお嬢様の場合、それ絶対『ちょっと』じゃないんだよな。





「アレキサンダー殿下、今までありがとうございました」

「シルバー。アタシ達ちゃんと、さよならしましょう」


「「はあ!?」」


 ダイアナの思い付きが発動した二週間後、クズ男どもは揃ってフラれた。


「もしかして最近お前に構ってやれなかった事が不満だったのかッ!? でもあれには理由があると話しただろうッ!」

「違います。エスメラルダ様と対立すれば、ルミはもう『あそこ』へ行けません。『アレ』がない生活なんて、もう耐えられないんです」

「何のことを言ってるんだルミ!?」

「とにかく、ルミはもうアレキサンダー殿下とは他人ですから! さようなら!」


 慌ててアレキサンダーが説得するが、ルミの中ではもう結論が出ている話だ。

 彼女は振り返ることなく、立ち去ってしまった。


「ス、スフィア……?」

「シルバー。アタシ、夢ができたの。その為には、どんな理由があろうと、法を犯す訳にはいかないわ。それにアタシも『あそこ』は生きがいなの」


 ほらな。何が起きたかはわからないけど、誰が原因かはわかるぞ。


 呆然とする男達を置いて、二人は言いたいことだけ告げて去ってしまった。

 残されたのは灰となったクズ……いやカスだけだ。



「……『あそこ』とか『アレ』とか、いったい何なんだ……?」


 暫く放心していたアレキサンダーだが、彼女達の去り際の言葉に疑問を抱いた。


「エスメラルダ嬢の名前が出たって事は、彼女が主催しているサロンが関係してるんですかね?」

「あれは女子留学生向けだろ? ルミ達は関係ないはずだ」

「しかし他に心当たりありますか?」

「……お前の従姉妹、何人かこの学園に居るだろ? ソイツらに探りを入れろ」

「エスメラルダ嬢に直接確認する方が、確実じゃありませんか?」

「絶対に嫌だッ!」


「お前何歳だよ」とシルバーは思ったが、アレキサンダーの方が身分が上なので彼は仕方なく従った。


 非効率的だと溜息を堪えつつ、大量の従姉妹・ジェンマイレブンに聞き取り調査したシルバー。

 どうやらエスメラルダ主催のサロンは、留学生以外も参加可能らしい。

 女性であれば在校生でなくても構わないが、学園入学前の年齢は対象外。

 しかしそれ以上の事はわからなかった。


 何故なら全員、内容の話になると「至って健全な読書サロンと、音楽サロンです」としか答えないのだ。

 質問の仕方を変えても「至って健全な読書サロンと、音楽サロンです」としか答えない。「○○の村へようこそ」としか答えないNPCのようだ。


 絶対に何かあるのだが、彼女達の結束は固かった。


「殿下。そんなにエスメラルダ嬢に聞くのが嫌なら、俺がダイアナに確認します」


(彼女の補佐をしているダイアナなら、何か知ってるだろ)


 何かどころか、ダイアナお嬢様が黒幕だぞ。

 自分の名前だと集客力が低いから、公爵令嬢の名前を使ってるだけだ。


「待てシルバー、俺に考えがある。──最終手段を使うぞ」


 あ。既視感デジャヴ

 アレキサンダーが発案な時点でもう結果は見えているが、面白そうなのでこのまま見守ろう。

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