第27話 婚約者達の頭脳戦

「こんにちは、ダイアナ嬢。先ほど君の婚約者とすれ違ったけど、随分慌てた様子だった。何かあったのかい?」

「……王太子殿下におかれましてご機嫌麗しゅう。殿下にご心配していただくような事は何もございません」


 シルバーが立ち去った後、ダイアナがテラスでお茶を飲んでいると、サフィルスが親しげに声をかけてきた。


 初対面とは思えない気安さだ。

 ダイアナは友達の親戚は他人というスタンスだが、もしかしたらサフィルスは違うのかもしれない。


 サフィルスとは面識の無いダイアナだが、流石に王太子の顔くらいは知っている。

 先日も夜会の開会時に、挨拶をしていた姿を見たばかりだ。

 始業式での校長の話のようなものなので、内容は勿論覚えていない。「話が長いタイプじゃなくて良かった」くらいの記憶しかない。


 王太子からの声掛けに緊張するどころか、これ以上話をする気は無いと言わんばかりのダイアナにサフィルスは苦笑した。


「僕は君に何かしてしまったかな?」

「いいえ」


 素晴らしい塩対応。取り付く島も無い。


「君にはお礼が言いたかったんだ。従姉妹と仲良くしてくれてありがとう、エスメラルダが明るくなったのはダイアナ嬢のおかげだ」

「殿下にお礼を言われるようなことではありませんが、お気持ちは受け取っておきます」

「僕もダイアナ嬢と仲良くしたいんだけど」「お断りします」


 ダイアナは食い気味に拒否した。

 エスメラルダの名前を出されて一瞬軟化した態度が、即座に凍った。カッチカチやで。


「私は、婚約者の居る男性と親しくするつもりはありません。私にも婚約者がいますし、お互いに不利益しか生みません」

「何もやましい気持ちは無いよ。普通の友人として、適切な距離で付き合いたいだけなんだけどな」

「本人達がそう主張しても、それぞれの婚約者はどう感じるでしょうか? 私は、伴侶とはお互いに一番の味方であるべきだと思います。伴侶を不安にさせかねない付き合いをするつもりはありません」

「……君の根幹はそこかな」


 王太子とはいえ、初対面の男性に知ったような口をきかれてダイアナは苛ついた。

 あれだな。サフィルスは「趣味は人間観察」とか言っちゃうタイプだ。


 ダイアナの本日の目的は情報漏洩だが、シルバーを呼び出す口実にした代役リストが気になっていたのも嘘ではない。

 シルバーからかんばしくない回答をされた事でテンションが下がっていた所に、神経を逆撫でするような行為をされて、ダイアナにしては珍しく不機嫌になった。


「婚約者の有無以前に、私は他人を分析してその結果を本人に伝える人物を好きになれません」

「すまない。今後は気を付けよう」

「今後はありません。失礼致します」


 王族に謝罪されても恐縮するどころか、堂々と絶縁宣言をしてダイアナは席を立った。



 ダイアナがプリプリしている頃、男共はブルブルしていた。

 夜会でも町でも堂々とルミを連れ回していたアレキサンダーはもうどうしようもないが、隠れてスフィアに会っていたシルバーは生きた心地がしなかった。


「素行調査って、どこまで調べるんだ?」

「ちょっと前に依頼したと言っていました。最近スフィアと会えていなかったので、ギリギリセーフかもしれませんが……」


 スフィアは最近、女友達と揉めていてシルバーと密会する余裕がない。

 あの夜会の後、仲間割れを起したマウントガールズは、今は再結成してスフィアと戦っていた。

 令嬢Cは、自分達に誤った情報を与えたスフィアを共通の敵とすることで難を逃れたのだ。あー、そっち行ったかー。


「クソッ。エスメラルダの奴! ……こうなったら、こっちにも考えがある」


 親に叱られるのはいつものことだが、公爵が調査しているとなると深刻度が段違いだ。アレキサンダーは結婚後は公爵家で同居状態になるのだから、気まずいなんてものじゃない。

 堂々と不貞しておいて何を今更と思うかもしれないが、アレキサンダーに常識があれば、そもそも婿入り予定の癖に不貞したりはしない。


 既に自分が詰んでいることを知らない彼は、ニヤリと笑うと一計を案じた。


「……留学生の歓待をエスメラルダに任せる。シルバー、お前の婚約者もその補佐に任命しよう」

「コランダムからの短期留学生達ですね。何かお考えが?」

「アイツらが男子留学生と浮気したら、不貞はお互い様って事になるだろ? コランダムの男は、女を口説くのが習性みたいな連中だからな。アイツ等は男慣れしていないし、接触する機会を増やしてやれば簡単にオチるだろ」

「……わかりました」


 自分の婚約者が他の男とどうこうなる想像をして、シルバーの顔が曇ったが、スフィアとの事が知られたら高確率で彼は婚約者から外される。

 両親は息子を庇おうとするだろうが、クレイはともかくダイアナがそれを許すとは思えない。


 もしスターリング家から放逐される事があれば、侯爵家の跡取り以外の生き方を知らないシルバーは、とてもじゃないが生きていける気がしなかった。

 背に腹は代えられないと、シルバーも覚悟を決めた。あちゃー、そっちに行くかー。


「浮気の証拠は、王家の影に集めさせる」

「殿下には命令権が無いはずでは?」

「俺にはないが、兄上は王太子専用の影を持っている。兄上は以前から、エスメラルダとの事にごちゃごちゃ口出ししてたからな。俺がアイツの事を理解したくなったとでも言えば、喜んで協力するさ」


 アレキサンダーは兄に心配されているのを自覚しながら、態度を改めないどころか利用しようというのである。

 クズなのは知っていたが、なんて野郎だ。エスメラルダ、手に持ってるロウソク今すぐ吹き消していいぞ! お前に吹き消す勇気がないなら、俺がボリボリ食ってやんよ!


「サフィルス様経由だと、もし不貞があっても揉み消される恐れがあるのでは?」

「俺に渡す報告書は、該当部分を削除する可能性があるが、原本に手を加えることはできない。王家の影は調査結果を余すことなく報告する義務があり、いかなる理由があっても修正は認められない。一度でも許すと、信頼性が崩壊するからな」

「サフィルス様が原本を隠したら、不貞の証拠は得られませんね」

「王太子専用の影と言っても、完全独立した組織じゃない。影の一部だから、命令系統は父上の方が上だ。アイツ等に気がありそうな男子に俺達から接触して、浮気を確認し次第父上に話す」


 お互いに裏で調査したり、ハニトラ仕掛けたり……

 俺達は一体、何を見せられてるんだろうな。一周回ってそういうプレイなのか?


 クズどもは自分が浮気しているから、相手も簡単に浮気すると思っているが、相手は恋愛不感症でスーパードライなダイアナと、責任感の塊のエスメラルダだ。

 彼等の企みは成功しないどころか、あのダイアナお嬢様に留学生の世話なんて任せたら、確実にとんでもない事になるぞ。





「…………」


 ちなみに、この一連の会話はアレキサンダーを調査中だった王家の影によって、余すことなく父親のオニクス三世に報告された。

 彼は既に詰んでいるのに、ドヤ顔で墓穴を掘って豪快にダイブしたのである。


 アレキサンダーよ。残念だがドゥ皇帝は年上スパダリじゃなくて、ビール腹のニチャァ系なんだ……。達者でな!!

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