第25話 ふーんピンチじゃん(1)

 その日、ダイアナは学園内のカフェテリアに婚約者のシルバーを呼び出した。

 実は彼女がシルバーと校内で接触するのは、この日が初めてである。


 ダイアナはシルバーを将来の伴侶として気に入っているが、恋愛感情を抱いているわけではない。

 彼女は婚約者とは友好的な関係を築きたいと考えているが、親密になりたいわけではない。

 同じ学校に通っているからと言って、登下校を共にしたり、昼食に同席するなどのベッタリとした付き合いは望んでいないので、お互いに自由に過ごしている。


 ダイアナはシルバーと会話して楽しいと感じているが、なら会話するために会いに行くかといえば、それはノー。

 夜会などのパートナーが必要な時に、一緒に過ごせばそれで充分満足なのだ。

 ある意味貴族らしい感性の持ち主である。


 じゃあ覚醒後のダイアナは、日々をどう過ごしているかと問われたら、実は覚醒前とあまり変わりない。

 以前のようにステルス機能をオンにしたりはしないが、至ってマイペースに好きなことをして休み時間を過ごしている。

 変わったことといえば、昼食が弁当から食堂での食事に変わり、本を家から持参するのではなく図書館へ読みに行くようになったこと。

 その日の気分で食べたいものを食べ、読みたい物を読む形にマイナーチェンジしただけだ。


 クラスメイトから話しかけられれば会話するし、挨拶もする。

 中には新生ダイアナの軽妙な語り口に、好感を抱いた者も居るが、周囲の目を気にして彼女と友達になろうとする人物は現れていない。

 仮令自分がダイアナと友人になりたいと思っても、周りの目を気にする貴族としては、金で爵位を買ったアダマス家の娘と親しくするのは、それだけ勇気のいることなのだ。


 その意味ではエスメラルダの行動は奇特の域に達しているし、それを後押ししたサフィルスが如何に偏見のない人物か度量の大きさを示していることになる。


 エスメラルダとは、放課後や休日に一緒に過ごす仲だ。

 学園は成績+家柄でクラス分けされているため、二人のクラスはかなり離れている。

 ワンフロア程度ならまだしも、校舎が違うので休み時間に会うのは時間のロスが大き過ぎる。普通に過ごしていれば擦れ違う事すらないので、特に隠しているわけではないが二人が親しいことに気付いている者は居ない。



「シルバー様。本日はお時間いただき、ありがとうございます」

「俺達は婚約者なんだから、これくらいは構わないさ。でも珍しいな、君から俺に話があるなんて」

「シルバー様と親睦を深めるついでに、例のリストの進捗しんちょくを確認したくて」


 シルバーの代役となる人物のリストを持ち出されて、彼の顔が引き攣った。

 例のリストは、シルバーが死亡もしくは、侯爵家の後継として不適格と判断された場合に適用される。

 そんな縁起でもない物の仕上がりを、本人に確認するついでに親睦を深める……? すげぇ高度なシルバー虐じゃん。もしかしてダイアナお嬢様、スフィアとシルバーの仲が続いてるの気付いてる?


 そんな特殊なプレイを強いてくるダイアナに、口元をピクピクさせながらシルバーは正直に答えた。


「すまないが、俺の従姉妹は全員女で近親者に年頃の男性がいないんだ。妥協案がないか、父とアダマス男爵が話し合う必要がある」


 これは嘘ではない。

 シルバーには十一人の従姉妹がいるが全員女。

 そんなことってある!?

 先代国王もだけど、この国の高位貴族、呪われてるんじゃなかろうか。

 内訳は三姉妹が二組、二人姉妹が二組、一人娘が一組。従姉妹だけでサッカーチーム作れちゃう。ジェンマイレブン!


 従姉妹よりも離れた存在となると、まだ幼児だったり、既婚者だったり、ハードゲイをカミングアウトしていたりと軒並み結婚相手としては厳しい相手だった。


「……そうですか」


 仮令父親同士が折衷案を出したとしても、彼女が求めている『確実に結婚する』が実現するとは思えない。

 こればかりは仕方の無いことなので、ダイアナも文句を言うつもりはないが、テンションが一気に下がった。

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