第23話 ゲーミングお嬢様

「身辺調査をしたいって、父に直接お願いすれば良いのかしら……?」


 ダイアナに感化されつつあるエスメラルダは、身辺調査について前向きに検討しだした。


 オパール。君の大事なお嬢様は、確実に侵食されているぞ。

 マカロンのガナッシュなんて、一個一個丁寧に塗らなくていいから早く戻ってこい。そんなものディップして好きに食べさせろ。


「でも王族を調べるなんて、明るみになったら問題になるわ。伯母様と父の関係も悪化してしまうかも。父とはそれなりに仲が良いつもりだけれど、リスクを考えると了承してくれるとは思えないわ」


 最低限の交流しかないことから、アレキサンダーとエスメラルダが上手くいっていないことは、父であるオブシディアン公爵も把握しているはずだ。

 しかし今日に至るまで、公爵が二人の仲にテコ入れするような行動はしていない。

 もしかしたらエスメラルダの預かり知らない所で、国王や王妃に苦言を呈しているのかもしれないが、効果は出ていない。

 オブシディアン公爵家の家族仲は悪くはないが、何でもフランクに話せるほど気安いわけでもないのだ。


 様々な可能性を考えるのは、エスメラルダの長所であり短所だ。

 彼女の場合、根が真面目なので八方塞がりになりがちなのだ。


「正攻法だけが手段ではありません。今から私が、お父様にシルバー様の調査依頼をしてみせますね」

「今から?」

「はい。今ならとっても簡単に釣れると思うんです。お父様の性格なら普通にお願いしても通りそうですが、今回はエスメラルダ様がいるのでハメ技でいきましょう!」


 父親に対して「釣れる」「ハメ技」等と平然と口にするダイアナに、エスメラルダは目を白黒させた。


(アダマス家は元は平民と聞くし、苦楽を共にした固い絆で結ばれていれば、このような物言いになるのかしら……?)


 違うぞ。

 エスメラルダの脳内には、支え合って生きてきた父子の姿が描かれているが、そんな事実はない。

 多分親子関係はアダマス家より、オブシディアン家の方が良好で健全だ。


「相手を動かすには、相手を知る事です。どんな価値観を持っていて、何が欲しいのか……」

「相手の望みを満たす形で誘導するのね」

「その逆の相手が避けたいことを刺激する方法もありますが、うちのお父様は欲が強いので満たす方法でいきましょう」


 公爵家の総領娘であるエスメラルダは、淑女教育の他にも色々と教育を受けているので察しが良い。


「お父様が今一番欲しいのは、伯爵家以上の貴族との繋がりです。その為の手段がスターリング家との政略結婚です。しかし私が嫁ぐまで、まだ時間がかかります。そんな時にエスメラルダ様という思いがけないチャンスが、降ってわいたわけです」


 見方によっては失礼な表現なのだが、エスメラルダが気にした様子はない。


「エスメラルダ様とお近付きになりたいけど、嫌われるリスクが重いからグイグイいけない。きっと今頃、部屋で大好きな仕事も手に付かず悶々としています」

「焦れて判断力が鈍るのね」

「そうです。昼食に誘えば絶対に食いついてきます。最小の労力でコトが運べます」


 ダイアナはカードとペンを取り出すと、ちょいちょいとエスメラルダを手招きした。



「まあ、本当にこれだけで?」

「楽しみにしててくださいね」


 ティーセットを持ったオパールが部屋に戻った時、二人の少女は楽しそうにはしゃいでいた。


(お嬢様のあんな明るいお顔、最後に見たのはいつだったかしら)


 金で爵位を買った男の家に行くと聞いて、オパールは警戒していた。

 最近めっきり自分の望みを言わなくなったエスメラルダの希望でなければ、断固反対だった。


 玄関ホールで挨拶したクレイは俗物な見た目だったが、エスメラルダにしつこく食い下がることはなかった。

 エスメラルダが他家を訪問する際は、どこの家の当主もあんな感じなのでオパールは特に不快感を覚えなかった。


 娘のダイアナは、父親とは違い控えめな容姿の少女だった。

「磨けば光る」とはよく使われる表現だが、ダイアナは磨いて光っているのに、元が透明に近いので目立たない感じだ。

 薬物云々の発言には驚かされたが、毅然とした態度でエスメラルダの安全に配慮した姿勢にオパールは好感を抱いた。

 ダイアナにはとても貴族になって日が浅い少女とは思えない、有無を言わさぬ貫禄がある。


(あの堂々たる振る舞いは一朝一夕で身につくものではないわ。政略結婚が決まる前から、成金の娘と侮られないために厳しい教育を受けていたのでしょうね)


 オパールは良い感じに誤解してくれたが、ダイアナお嬢様は、前世+今世=五十三歳だから、開き直っていて、ふてぶてしいだけだ。


(訪問先で提供される飲食物に異物混入される可能性など、今まで考えたこともなかった……)


 王族が口にするものは毒見されるのに、王家に連なる公爵家は無警戒だった。

 ダイアナから指摘されるまで、オパールはその事に思い至らなかった己を恥じた。

 何も恥じる必要はない、君は普通だ。

 差し入れとか、買い食いならまだしも、貴族の家で客人へのおもてなしとして用意された物だぞ。


(長く公爵家で過ごすうちに、私は知らず偏見を持ってしまっていたのね)


 久しぶりに見る、エスメラルダの作り物ではない笑顔と、年相応の無邪気な姿。

 すっかり打ち解けた様子の二人の姿に、オパールは目頭が熱くなった。

 公爵令嬢と男爵令嬢。

 特にダイアナは数年前までは平民だったため、貴族としては伯爵家の三女であるオパールよりも階級が下となる。

 同じ貴族と言えど、その身分差は大きい。

 しかし楽しそうに語らう少女達を見ていると純真な友情の前に、階級を持ち出すなんて無粋な真似をする気にはなれない。

 王太子同様、オパールはエスメラルダを思うが故に彼女達の交遊を歓迎した。


(もし旦那様達が今後の付き合いに難色を示しても、私はお嬢様の味方でいよう)


 二人の友情を後押しすることを決めたオパールだが、その決心は間も無く揺らぐこととなる……


 こんな意味深な引きをしたら、気になって仕方がないと思うのでぶっちゃけるが、オパールが後悔するのは次の話だ。時間軸的には一時間後。本当に間も無いな!

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