第22話 慎重令嬢(2)

(思ってたのとだいぶ違う)


 政略結婚仲間という事で、ダイアナはエスメラルダと政略あるある話をして盛り上がるものだと思っていた。どんな思考回路だよ。


 しかしエスメラルダの口から語られたのは、彼女が婚約に至った経緯や、アレキサンダーの振る舞いだ。要は泣き言である。


(鬱陶しいな)


 失礼だが、これがダイアナの感想である。

 小気味の良い愚痴や、ユーモアたっぷりの自分語りであれば、いくら語ってくれても構わないが、エスメラルダの口から出るのは面白くもなんともない胸糞ドアマットパートだ。


(私はゴミ箱じゃないんだけど)


 時系列も視点もごちゃごちゃ。

 この期に及んで何処に配慮しているのかわからない、貴族らしい迂遠な言い回し。

 色々言っているが、正直情報が頭に入ってこない、ぶっちゃけ何を言いたいのか分からない。

 文字数の多さだけで壮大に見せようとしている、内容の薄い小説みたいだ。


(そもそも、エスメラルダ様が『どうしたい』かが全く分からない)


 生来の責任感の強さと、多角的に物事を見る長所が悪い方に働いているのだろう。客観視しすぎていて、主観が迷子だ。

 アレキサンダーとどうなりたいのか、彼女も自分の本心がわからないのかもしれない。


「──お話はわかりました」


(要はあのクリスマス野郎に不満があるんでしょ)


 緑髪赤目のアレキサンダー。

 ダイアナは初対面の時、何かに似ていると思ったがクリスマスツリーだった。エスメラルダの話で、器の小ささが知れたので今はクリスマスリース扱いだ。


「エスメラルダ様。『〜すべき』は一旦、封印しましょう。『〜したい』を考えましょう。その為には想像ではなく、事実に基づいた正確な情報が必要です」


 思慮深いのは結構だが、可能性を考えすぎて底なし沼に入っている。

 エスメラルダはありのままのアレキサンダーの情報を並べて、考えを整理すべきとダイアナは考えた。



「私と一緒に、婚約者の身辺調査をしましょう!!」



 オパールは、今すぐ部屋に戻るべきだ。

 お前の大事なお嬢様は、今まさに薬物ドラッグよりもヤバいものに汚染されようとしている。


「──え?」


 ダイアナの言葉はしっかりと耳に届いたが、思いも寄らない提案にエスメラルダの反応が遅れた。


「安心してください。自分達で婚約者の尾行をするような素人探偵ごっこではなく、ちゃんとプロを雇うんです。調べるのは専門家にお任せします」


 それもっとヤバいやつ。


 探偵ごっこなら少女漫画にあるヒロインムーブだが、ダイアナお嬢様は青年漫画のゲス系主人公ムーブのお人だった。

 しかも素行調査じゃ無くて、身辺調査。

 現在の素行だけじゃなく、過去も洗いざらい調べるよりガチなヤツじゃん。


「エスメラルダ様だけ調べるのは不公平なので、私もシルバー様の調査依頼をします! 報告書が届いたら一緒に見ましょう!!」


「一緒にドレス注文して、見せ合いっこしよう」のノリである。

 相手が初対面の格上令嬢でもお構いなし。今日も我らのダイアナお嬢様はアクセル全開である。


「でも、……貴女は婚約者と上手くいっているんでしょう?」

「私は今の状況に満足していますが、それはこの結婚がアダマス家にも、私個人にも歓迎すべき内容だからです。シルバー様の身辺調査はまだしていなかったので、丁度良い機会です」


 遅かれ早かれ調べる気だった、とサラリと暴露するダイアナ。


「信頼できる人が投資話を持ちかけてきたとしても、裏付けも取らず、言われるがままに契約書にサインしたりはしないでしょう? それと同じです。結婚は人生に大きく関わる契約です。ちゃんと自分の目で精査しなければ」


 凄いよな。やってること滅茶苦茶なのに、言ってることは妙に筋が通ってるんだ。


「……それは政略結婚だから?」


「むしろ恋愛結婚の方が、身辺調査すべきですっ!」


「え?」


 先程からエスメラルダのリアクションが「え?」一択だが、別に自分の頭文字だから口癖になっているわけではない。

 人は本当に驚いた時、そんなにバリエーションのきいたリアクションはとれないのだ。


「政略結婚と違い、恋愛は相手が提示した情報を基に仲を深めるんです。つまり相手が隠していれば、身分詐称や、借金や、厄介な宗教にのめり込んだ親戚に気が付かず、結婚してしまうんです!」


 怖い、怖い。例えが怖い!


「もし相手が犯罪者だったら、何も知らずに結婚したが最後『加害者家族』になるんですよ!!」


 おう。相変わらずぶっ飛んだ発想だ。

 誰も結婚する前に「この人が殺人犯だったら……」なんて考えないぞ。

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