ダイヤモンドは可燃物

第21話 慎重令嬢(1)

 その日、アダマス邸は朝から緊張に包まれていた。

 正確に言うなら、一週間前にある手紙が来てからずっと緊張が続いている。

 緊張し続けて途中で限界がきて、三日前に一回脱力した。「取り繕わずありのままを見てもらおうぜ」な空気が漂ったが、当日が近付くと慌てて緊張を取り戻した。 


 発端はダイアナ宛に届いた一通の手紙だった。


 送り主はエスメラルダ・オブシディアン。


 王妃の実家として知られる、ジェンマ国でも指折りの名家。スターリング侯爵家が三下に見えるくらいの、建国から続く大貴族である。


 本人の品格を現すが如く美しい文字で綴られた手紙は、要約すると「私も貴女と同じ政略結婚なの。お話ししたいので、お家に遊びに行ってもいいかしら?」だった。

 端折り過ぎと言われるかもしれないが、丁寧な挨拶とか貴族特有の言い回しが多すぎて、全文書くと原稿用紙八枚くらいになるのだ。

 Web小説は一話あたり平均二千〜三千文字(カクヨムだと千五百〜)なんだぞ。勘弁してくれ。


 棚から牡丹餅状態のチャンスに、アダマス家は沸いた。

 もしダイアナがエスメラルダと親交を深めることができれば、成金男爵と表立って馬鹿にしてくる連中は激減する。ダイアナを友人として選んだ、公爵令嬢の判断にケチをつけることになるからだ。


 逆にエスメラルダの気分を害することがあれば、この国での居場所が無くなるかもしれないのだが、その事に気付いているのはアダマス親子とピーターくらいのものである。



 築数年でピッカピカなアダマス邸。

 庭も建物も最新のデザインで、歴史の重みとか風格とは無縁である。


 爽やかな午前の風と共に降り立ったエスメラルダ・オブシディアン公爵令嬢は、生粋のお姫様らしい気品ある美少女だった。


 クレイと軽く挨拶を交わした彼女は、ダイアナの部屋へ移動することをやんわりと希望した。

 やんわりすぎて、メイジーを始めとする平民に近い者達は、公爵令嬢のお付きの者達に解説されるまで何を言われているのかわからなかった。

 よくわからなくて、サンルームと東屋両方にお茶の準備手配してしまった。どちらも、スタッフが後で美味しくいただきました。ラッキー!


 とまあ、無駄なやり取りを挟みつつ、ダイアナの部屋にやってきた二人……とお付きの者達。

 女子同士の交流だが、エスメラルダは公爵家の大事なお嬢様なので、侍女のオパールと護衛のシトリンが同席している。


 オパールはエスメラルダの乳姉妹であり、シトリンはエスメラルダの母方の従兄弟だ。


 シトリンは三男で継ぐ家もなく、独立する必要があった為、従姉妹の家に護衛として雇われたのだ。ガッツリ縁故採用だが、ちゃんと腕が立つので問題はない。

 エスメラルダにしても、成人男性と一から信頼関係を築くよりも、幼い頃から交流のある親戚の方が安心できるのでWin-Winだ。



(私とおしゃべりしたいのよね?)


 エスメラルダの要望で部屋にきたは良いものの、彼女は玄関先で行ったのと同じような社交辞令を繰り返すだけ。

 微笑みを浮かべているが表情も薄く、行儀の良いお人形のようだ。


 しばし観察した後に、ピンときたダイアナは行動した。


「メイジー。オパール様を連れて、厨房でお茶の用意をして頂戴」

「え? ダイアナ様、お茶ならココに……」

「公爵家の総領娘であらせられるエスメラルダ様に、我が家で用意した物を安易に提供するなど……配慮が足りず申し訳ございません!」


 突然謝罪したダイアナに、全員ポカン顔だ。


「他人の家で出される飲食物など、依存性の高い薬物や、毒物や、媚薬が盛られていないとも限らないではありませんか! 疑うような真似をするなんて、礼を欠くと思われたのでしょうが、遠慮は無用です! 大事な御身なのですから!!」


 大人しそうな少女の口から放たれる衝撃的な単語に、オブシディアン家から来た者達は絶句した。


 メイジーは新生ダイアナの言動に慣れつつあるので、そこまでではない。このお茶は無駄になりそうだと彼女は、ささっと片付けを始めた。このお茶も、後でスタッフが美味しくいただきました。


「お茶は勿論、茶菓子も今すぐ厨房で作り直しましょう! オパール様は異物が混入されていないか、調理段階から監視してください! いっそオパール様が調理してください! そしてシトリン様は護衛ではありますが、男性ですので扉の外で待機してください! 私、婚約者がいますので!」


 ダイアナの勢いに押されて、彼等は部屋を後にした。

 これで正真正銘二人きり。


「──この部屋にはもう、私とエスメラルダ様しか居ません。言いたいこと、我慢しなくて良いんですよ」


 ダイアナの意図を察し、エスメラルダはポツポツと語り出した。

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