第20話 わたくし、気になります

「いやあ。凄い独特な思考回路の持ち主だったね。思わず吹き出してしまったよ」

「……ええ。本当に面白い子……」


 ダイアナとシルバーが立ち去るのを見届け、青年はかたわらの少女に同意を求めた。


 青年の名はサフィルス。

 クズ2号であるアレキサンダーの兄であり、ジェンマ国の第一王子である。

 母親譲りの黒髪青目。物腰が柔らかいので、弟のアレキサンダーの方が偉そうに見えるが、王太子はサフィルスである。


 心ここに在らずといった風に返事をしたのは、エスメラルダ・オブシディアン。

 黒髪緑目のスラリとした正統派美少女。サフィルスとエスメラルダの黒髪は、オブシディアン公爵家特有の色である。

 伯母である王妃に頭を下げられて、クズ2号を押しつけられた可哀想なお嬢様である。



 現国王オニクス三世の子供はサフィルス、アレキサンダーの二人だけ。

 妃もアリアネル王妃のみ。


 しかし先代は政略結婚であるため、正妃以外にも数多くの側妃がいた。

 これは先代が好色だったわけではなく、当時は王女を国外へ嫁がせる外交が主流だったのだ。

 先代の誤算は生まれてきた子供が、ことごとく男児だった事だ。

 男が欲しい時には女が生まれ、女が欲しい時には男が生まれる。まあ、世の中そんなものである。


 結果として生まれたのは男が八人。そんなことってある!? 確率偏り過ぎ!

 これだけ男が生まれれば従来の長子相続ではなく、誰が次期国王に相応しいか、兄弟間で命を賭けた骨肉の争いが勃発──とはならなかった。


 八男であったオニクス三世は、幼少期から突出して聡明だった。天才というよりは、秀才タイプ。人生二周目系。

 前世サラリーマンだったとかでは無く、兄達の成功やら失敗やらを参考に立ち回るのが上手かっただけだ。

 そりゃ七人も兄貴がいれば、反面教師には事欠かないわな。


 他の兄弟が軒並み穏やかな気質だったのも手伝い、満場一致で彼が王太子に決まった。

 王太子を決める会議は、わずか三分で終了した。

 この超スピード可決は『ジェンマ三分ミーティング』と呼ばれ、平和な王家の象徴として広く知られている。

 百年後には教科書に載るかもしれない。


 誰一人命を落とす事なく成人した王子達。

 臣籍降下する彼等に、先代国王は相応の地位と王家の直轄地を分割して与えた。


 仲良きことは美しきかな。「めでたしめでたし」と言いたいところだが、これが次代に続く悩みの種となった。


 王家は、超貧乏になった。

 爵位大盤振る舞いし過ぎて、当代では第二王子一人にすら新しい爵位用意するのが困難になった。


 争いなく王位を譲られたオニクス三世は、兄達から土地を回収することなどできない。

 つまりアレキサンダーには与えられる領地も、爵位も何もないのだ。


 国外へ婿に出す事も考えたが、今は結婚による外交そのものが廃れてしまい、良い引き取り手がいない。

 唯一、色良い返事をしてくれたのはドSな男色家で有名な某国の皇帝だけである。何故そこに打診したんだ。


 ないない尽くしの息子の為に、王妃が実家を継いだ弟に頭を下げまくって実現したのが、オブシディアン家への婿入りだ。


 公爵家は既に王家とそれなりの繋がりがあるので、アレキサンダーなんて要らないのである。おっと、ここでも『ない』が増えちまった。


 王妃が三回も訪ねてきて、毎回渾身のお願いポーズをしたので渋々婿入りを受け入れたのだ。

 誠意を示そうと初回で五体投地土下座をしてしまったため、二回目以降のハードルを爆上げしてしまった王妃。

 彼女は可愛い息子のため、国内屈指の雑技団による厳しい訓練を受けた。今も彼女は数多の芸を持ち、外交時に披露しているとかいないとか。

 王妃のアクロバット懇願が三回で終わったのは、公爵が胃潰瘍で倒れたからだ。体張りすぎな姉の姿に、弟の胃が先にギブアップした。


 そんなちょっと斜めに走った母親の苦労も露知らず、政略結婚に不満を抱いたアレキサンダーは、学園に入学して二年目には子爵家の庶子であるルミと恋仲になった。それ以前も度々婚約者が居ながら、これみよがしに異性と親しくしたり、デートに出掛けていた。

 当て付けだとしても笑えない。


 今日もアレキサンダーはエスメラルダを一応エスコートしたものの、会場入りするなり彼女を置き去りにした。

 しかも去り際には、恋人であるルミを腕に巻きつけた状態で、Web小説でしか許されないような嘲りの言葉を吐いた。

 浮気相手と婚約者を並べて偉そうに比較するとか、モラルハラスメントどころかモラルハザードだ。


 ルミもルミでしおらしくしていれば、まだ可愛げがあったものの、頭お花畑状態で調子に乗っていた。

 自分が公爵令嬢に勝ったと思ったのか、得意気に小鼻膨らませて「ごめんなさ〜い」と口先だけの謝罪をしていたが、エスメラルダよりルミを選ぶのはロリコンと女児だけだ。

 女児は『強くて可愛い女の子』に憧れての事なので、ルミと喋ったら「違う。こんなのじゃない」と離れていくだろう。


 シルバー&スフィアカップルと良い勝負。

 まさに類は友を呼ぶ。


 シルバーとアレキサンダーの命運を分けたのは、エスメラルダは生粋の公爵家のお姫様であり、ヤベェ前世を持っていなかったことだ。



 暗い表情で、壁の花となっていたエスメラルダ。

「清く正しく美しく、常に気高い淑女たれ」と教え込まれた彼女は、アレキサンダーと良好な関係を築こうと努力したが、最近ではすっかり諦めてしまった。


 クズ王子に怒ったり、彼を切り捨てる方向に行けばよかったのだが、責任感のあり過ぎる彼女は塞ぎ込むようになった。

 最近は感情の動きが鈍く、外からの刺激を上手く感知できないのである。それ危険なサイン!


 一人で佇んでいるエスメラルダを見つけたサフィルスは、弟にガツンと言い聞かせるつもりで従姉妹を連れて移動した。


 辿り着いた先で繰り広げられていたのが、先程の一幕である。


 盗み聞きするつもりはなかったのだが、痛快を通り越して快感の域に達するダイアナの弁舌に二人して聞き入ってしまったのだ。ダイアナお嬢様のトークは、激辛料理と同ジャンルってことだ。


「サフィルス様……。わたくし、あの子とお話ししたいわ……ダメかしら?」


 夢心地のように呟く従姉妹に、サフィルスは微笑んだ。


「ダメじゃないよ。何故そう思うんだい?」

「公爵家のわたくしが話しかけたら、彼女は断れないわ。それに家格が離れ過ぎていて、貴族間の秩序を乱すことになるかもしれないもの……」

「必要な秩序は維持するべきだが、思い込みによるしがらみは気にしなくて良いよ。……そうだな、まずは手紙を書いて人目の無いところで交流するのはどうだろう?」


 依然としてアレキサンダーの問題は残ったままだが、彼女の気が少しでも晴れるのなら、サフィルスにとってダイアナとエスメラルダの交流は歓迎すべきことだ。


 王太子直々に許可を得たことで、エスメラルダの目にかつての輝きが一瞬戻った。


 そう。

 類は友を呼ぶのだ。


 ダイアナお嬢様に心惹かれた時点で、エスメラルダお嬢様にもそれなりの素質があるという事だ。

 つまり次話からは、ダイアナの影響を受けた公爵令嬢による反撃のターンなのである。


 別れたと思った命運は、時差があっただけなのだ。

 シルバーに続いて、アレキサンダーもこの先は婚約者の動向に震えることになるのである。いい気味だ!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る