第19話 殺人クラゲ令嬢(2)

「ダイアナ。言っておくが、今の俺と彼女の間には友情しかない」

「はい」

「本当の、本当に気にしてないんだろうな?」

「ええ。男性と女性では脳が違いますから」

「? どういうことだ?」


 シルバーとて脳は知っている。人間であれば性別によって違いなどないはずだ、と彼は不思議に思った。


(何かの比喩表現か、異国の諺か?)


「男性は別名保存。女性は上書き保存という話です」


 またもや聞いたことのない言葉を聞かされ、シルバーは首を捻った。


「男性は歴代の彼女との思い出を個別に大切にします。女性は、新しく好きな人ができたら過去の男は忘れます」

「そうなのか!?」

「必ずしもというわけではありませんが、一般的にはそうです。──この先は私の個人的な考えですが、この性差は相手に対しても発揮されます」

「相手というと、君にとっての俺か?」


 中々飲み込みの早い婚約者に、ダイアナは満足そうに頷いた。


「はい。女性は自分の恋人が、過去に素敵な女性と付き合っていたと知ると優越感を感じます。『そんな素晴らしい女性よりも、自分を選んだ』と捉えるわけです」


 スパダリが好きな女子の深層心理はこれである。

 ヒロインと出会う前のヒーローは、モテモテの百戦錬磨で良いのだ。

 女にだらしない設定だろうと、ヒロインと出会った後に一途であれば全く問題ない。

 当て馬として元カノが出てきても大丈夫。ヒーローが毅然とした態度で跳ね除けるなら、むしろ大歓迎。


「『過去どんなに遊んでいたとしても、今は自分に一途』というのは、最高のステータスです」


 今もシルバーが、スフィアと隠れて付き合っている事を知らないダイアナ。

 過去の女性遍歴を確認し、華やかな美人のスフィアを目の当たりにしても「でも今は私の婚約者!」と鼻高々だ。


「逆に男性は、恋人の男性遍歴を知ったら気に病みます。相手が、自分よりも格上の男だったりしたら『今は貴方だけよ』と言われても安心できません。恋人の過去が奔放であれば、それだけで鬱になります」

「…………」


 少なくともシルバーは、ダイアナの説が当てはまる人間だったようだ。

 彼女の言葉でうっかりスフィアの元カレを想像してしまい、しっかり憂鬱になった。



「──女性は上書き保存なので、もし男性が浮気したら宝物が一気にゴミに変わります」


「え?」


「自分と付き合っているのに、他の女と関係を持つ。つまり、浮気相手の女に上書きされたという事です」


 先程のスパダリで例えるなら、元カノとヒロインを天秤にかける描写が出た時点でアウトだ。

 うっかり一夜の過ちでも過ごそうものなら、ヒーロー交代を求めるクレーム殺到。

 ヤっちゃったら、そこで試合終了ですよ。


「愛しているなら、更に自分で上書きしようとは思わないのか?」


 過去を気にしないなら、自分が最新になれば良いんじゃないかとシルバーは問いかけた。

 しかし前世から続く、ダイアナが男性に求める数少ない条件のひとつが『パートナー以外の異性に対して、適切な線引きができる人物』だ。


「自分というものが居ながら、他の女に目移りした男なんて、他人に使われた歯ブラシと同じです。キレイに洗っても再び使う気になんかなりません。新しい歯ブラシ買います」


「例え酷くないか!?」


 あまりの言いぐさに思わずツッコんでしまったが、シルバーの心臓はバクバクと嫌な音を立てた。


 つまりダイアナと婚約後もスフィアと繋がっていることがバレたら、彼女はシルバーをゴミと見做すという事だ。


「……?」

「ダイアナ?」


 シルバーの婚約者の少女は、キョロキョロと周囲を見回した。


「いえ。一瞬、変な音が聞こえた気がしたんですが……気のせいみたいですね」


(この姿だけみれば、大人しくて無害そうに見えるのに)


 見た目と中身のギャップが凄すぎる。例えるならオーストラリアウンバチクラゲ(キロネックス)。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る