第16話 誤シップガール(1)

「援助だけ受け取り、結婚後は妻を閉じ込めて、愛人と夫婦ごっこをする」なんて、ジェンマ国がいくら恋愛結婚マンセーなお国柄だろうと、ゲスの極み過ぎる。


 スフィアとシルバーが、当初考えた筋書きはこうだ。


『スフィアと交際中のシルバーに、ダイアナが横恋慕をした。

 父親であるクレイは娘の恋心に便乗し、スターリング家を罠に嵌めて政略結婚を強要。

 しかし結婚後、ダイアナは侯爵夫人の役目を放棄して、部屋に引きこもってしまった。

 家のために泣く泣く結婚を受け入れたシルバーだが、義務も果たさず夫の愛を求めるばかりの妻に限界が来て、一度は手放したスフィアを迎入れた。

 ダイアナが断固として別れようとしないため、二人は正式な夫婦にはなれない。

 しかし法が認めなくても構わない。仮令世間から非難されようと、二人にとっては唯一無二、真実の愛なのだ――』


 不倫を綺麗に取り繕った、よくあるラブストーリーだ。

 どんなに悲劇的に演出しても、やってる事は不貞である。

 どう考えても悪いのは夫なのに、何故か別れない本妻が悪者扱いされるヤツ。


 覚醒前のダイアナの性格で、クレイが結婚後の待遇について細かく取り決めを明示していなければ実現していただろうが、『たられば』に意味などない。



 先日のシルバーの台詞から「ダイアナが自分から婚約を辞退すれば、スターリング家がアダマス家に乗っ取られることはない」とスフィアは解釈した。


 婚約解消となれば、間違いなくスターリング家は破産一直線なのだが、自分の恋人がお金持ちのお嬢様の言いなりになることの方が彼女には耐えられなかったのである。

 年齢詐称疑惑のあるスフィアだが、この辺は普通に年相応の小娘だった。


 シルバーの過失は、両家の取り決めや、ダイアナとのやり取りの詳細をスフィアに伝えなかったことだ。

 自分が代用可能な存在だなんて、男のプライドが邪魔をして言えなかったのだろうがご愁傷様である。

 シルバー先生の次回作(来世)にご期待ください。


 ともあれスフィアに扇動された少女達は、崖っぷちに立たされていた。


 卑怯な手段で恋人を奪われた友人の為、義憤に駆られたというのは嘘ではないが、それだけでもない。


 正義を行使するのは気持ちが良い、自分の家よりダイアナが裕福なのが気に入らない、大人しい人間を叩いてストレス解消をしたい……


 彼女達は浅はかな己の行動を、一生後悔する事になるのである。相手が悪かった。


 そもそも政略結婚はスターリング家とアダマス家で交わされた契約。

 シルバーの恋人とはいえ、スフィアは部外者。

 その友人なんて、下世話な野次馬でしかない。


 ここが魔法のある世界で、隷属の魔法でシルバーを支配しているならまだしも、そんな都合の良い設定はない。

 当主がシルバーに政略結婚を命じたとしても、彼に全てを捨てる覚悟があれば抵抗できたのである。

 クレイも覚醒前のダイアナも、スターリング家を継ぐ者であれば、結婚相手はシルバーじゃなくても良かったのだ。


 この政略結婚は人身売買ではない。奴隷契約でもない。提案から結ばれた対等な契約だ。

 そもそも文句を言う事自体がお門違いなのである。



「私の言葉だけでは信用に足りないでしょうから、一緒に確認に参りましょう」


 にこりと微笑むとダイアナは令嬢AとBの腕に、自分の腕を絡ませた。


「え?」

「ちょっと!?」


 抵抗されそうになったので、ダイアナが今日のドレスの総額を告げるとたちまち大人しくなった。

 クレイが見栄のために最高級品を身に付けさせるので、ダイアナお嬢様のフルコーデは令嬢三人分よりもお高いのだ。


 彼女達の心境は、舞妓さんが側を歩いている時のタクシーの運転手に近い。

 もしぶつけて怪我でもさせたら、物凄い賠償金を請求される!!


 両手に令嬢を掴んだダイアナは、鼻歌を歌いながら舞踏会の会場に連行した。曲は勿論、子牛を市場に売りに行く例のアレだ。


 残された一人は暫く迷った素振りを見せたが、距離をあけてついてきた。

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