第17話 誤シップガール(2)

 スターリング侯爵はダンディーなイケオジである。

 実はクローンだと言われても納得できるほど、シルバーの容姿は父親似だ。


「おや。ダイアナ嬢、私に何か用かな?」

「閣下、ご歓談中に失礼致します。彼女達が例のリストについて確認したいと。私はその付き添いです」


 ダンディーな容姿に相応しい、バリトンボイスだ。

 これでちゃんと金勘定ができれば、言うことなしだったのに……

 致命的に残念な所があるのも、親子でそっくりである。


 息子の代役となる者のリスト作成は、スターリング侯爵にとっては不愉快な作業だ。

 縁起でもないと一刀両断したい所だが、現実的に対策は必要なので渋々行っている。

 そんな良い感情を抱いていない物に対して、脈絡なく言及されて侯爵の機嫌は急降下した。


「……君達は誰だ?」

「え? ご親戚ではないのですか?」


 ダイアナは、大げさに驚いたフリをした。


「……いいや。何故そんな勘違いを?」

「スターリング家の内情について差し出口を挟まれていたので、てっきり近しい方々だと思ったのです」


 人の行き交う雑多なホールだが、若い令嬢が連れ立って、壮年のスターリング侯爵と話す姿は目立つ。


 時間と共に人々の注目は四人に集まり、物見高い人々は足を止めて一定距離をあけてこの会話の様子を窺った。

 さり気なく装いつつも、貴族達は集まってきた。行列が行列を呼ぶ、バンドワゴン効果だ。


「お恥ずかしながら、侯爵家縁の人物は全て記憶したつもりでいましたが、私には彼女達に心当たりがなくて……歴史ある大貴族であれば、思わぬ所で繋がりがあるでしょうし、お話に同席して閣下にご紹介いただこうと思ったのですが――」

「覚えがない。君達はどこの家の者なんだ?」


 侯爵直々に問い質されては、答えないわけにはいかない。

 令嬢AとBは涙ぐみながら、か細い声で名乗った。


「スターリングの家門ではない。我が家の事に口出しするなど、どんな教育を受けているのか理解に苦しむ。全くもって不愉快だ!」


 いつの間にやらスターリング侯爵を中心として、ホールの一角は即興劇場になっていた。


 侯爵の最後の言葉は、興味津々で事の成り行きを見届けようとする者達の耳にハッキリと届いた。


「他家の事情を嗅ぎ回る令嬢」「スターリング侯爵を怒らせた令嬢」として、彼女達の顔と名前は知れ渡った。


 ところで何故、四人なのか疑問に思った人もいるだろう。

 令嬢Cは雲行きが怪しくなった序盤で、人混みに紛れて逃げ出したからさ。


 ダイアナお嬢様にしては、一人見逃してやるなんて甘いって?

 ノンノン! その考えが甘い!


 大勢の前で吊し上げられた令嬢AとBは、一人だけ逃げ出したCを恨むのさ。

 AとBの怒りの矛先は、噛み付いたら火傷では済まないダイアナではなく、普通の令嬢であるCに向けられることになる。


 三人まとめて公開処刑したら、一致団結して窮鼠猫を噛む可能性があるが、ダイアナが仲間割れする方向に誘導したことでその可能性は潰えたのだ。

 彼女達が揉めれば揉める程、ダイアナに絡もうとする正義のお節介共は減る。二の舞になりたくないからな。


 もしこのピンチを乗り越えて、真の友情で結ばれた三人がダイアナに挑んでくる事があれば、再び返り討ちにするまでよ!


 少年漫画で序盤に出てきた咬ませ犬が、敗北を糧に思わぬ成長を遂げて再登場するパターンだな。

 場合によっては、主人公の仲間になってレギュラー化も夢じゃない!

 彼女達に、その器があるかは知らんけど。

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