第12話 ダイアナ劇場

 その後、本当に過呼吸を発症したラリマー夫人は馬車に運ばれた。

 体調が落ち着き次第、実家へ直送である。むごい。


 一番の癌を片付けたダイアナは、くるりと辺りを見回した。

 オドオドお嬢様から、オラオラお嬢様へ変わったダイアナ。彼女と目を合わせないよう、使用人達はさっと俯いた。

 肩叩きされなかった連中もビビっている。怖いよぅ。


「メイジー」

「は、はいっ!」

「こちらへ、いらっしゃい」


「オイオイオイ死ぬわアイツ」的な空気の中、小柄な少女がブルブル震えながら進み出た。


 メイジーは平民のメイドだ。

 彼女の父親は資産家だったが、仕事先の外国で病死し、事業も破綻してしまった。メイジーは父子家庭だったので、現在彼女は孤児だ。それどこの小公女。


 クレイとメイジーの父親は仕事の関係で交流があり、それなりに親しかったので、路頭に迷うところだった彼女をメイドとして雇ったのだ。


 侍女よりも下に位置するメイドなのは、身寄りのないメイジーを軽んじた訳ではない。

 アダマス家の侍女は貴族出身が殆どだったので、彼女は馴染めないと考えたからだ。


 うん。配慮しているようで、できてない。

 そもそもアダマス家の使用人は、金持ち平民か下級貴族の二択なんだから、孤児の平民はどんな職でも浮く。

 彼女を保護するなら、屋敷の使用人じゃなくて関連会社の職員として普通に採用すれば良かったのだ。


「押し付けられただけかもしれないけど、貴女は真摯に私に仕えてくれました。今日から貴女を、私付きの侍女に昇格とします」

「そ、そんな! 恐れ多いです!」

「仕事を断れなくても、手を抜くことはできたでしょう。でも貴女はそうしなかった」


 ラリマー夫人に追従した侍女達は、軒並みダイアナの世話を放棄した。

 彼女達に仕事を押し付けられたメイジーは、自分だって苦しい生活をしているのに、腐ることなく、彼女にできる精一杯でお嬢様にお仕えしたのだ。

 君、世界名作劇場に興味ない? 自伝書いてみたらどうかな? ギリギリ盗作にはならないと思うんだ。


「周囲に流されず、己の職務を全うする貴女には、私が侯爵家に嫁ぐ時にもついてきてほしいの」

「――!?」


 ダイアナは驚愕に身を固くする少女に微笑んだ。


「スターリング家にとって、アダマス家から来た使用人は監視員のようなもの。貴女を遠巻きにしたり、買収しようとするかもしれないけど、メイジーなら立派に勤め上げる事ができると信じてます」

「ダイアナ様……」


 これにはメイジーだけでなく、他の使用人達も驚いた。

 アダマス家を踏み台にする連中の最終目的は、由緒ある男爵〜子爵家の使用人になることだ。

 伯爵家以上は縁故必須なので、夢物語だ。


 それなのに裕福な父親を失い、使用人の中では最下層扱いされていた平民の少女が、侯爵夫人付きの侍女として歴史あるスターリング侯爵家で働くことが内定したのだ。


 まあ歴史はあっても金がないので、侯爵家の中では、はずれくじなんだけどね。


「――私! ご期待に添えるよう頑張ります!!」


 パチパチと何処からともなく拍手が上がった。

 拍手の音は次第に大きくなり、アダマス家の玄関ホールは、良い感じの雰囲気に上書きされた。

 大量リストラの直後だというのに、いつの間にか辺り一面、大団円モード。


 公開処刑の後には、公開報奨。

 恐怖を与えてから、夢を与える。

 やり口が汚い! しかし こうかは ばつぐんだ!


 これが新生ダイアナが、やりたかった事の全て――ではない。



 使用人達を解散させた後。「今後について話したい」と、クレイの執務室に呼び出された家令のピーターは生きた心地がしなかった。


「ピーター。貴方はラリマー夫人の振る舞いに気付かなかったの? それとも気付いた上で放置したの?」


 部屋に入ると、前置きなくダイアナに詰問された。


(これがあのダイアナお嬢様か――?)


 他人の顔色を窺い、自己主張せず、使用人に軽んじられても抵抗しない。

 これがピーターが見たダイアナという少女だ。

 常に受け身の彼女に、正直ピーターは苛立っていた。


 先ほどの問いの答えは「気付いた上で放置した」だ。

 彼は助けてと言わない者を、助けようとは思えなかった。


 雇い主の娘への嫌がらせなど普通はできない。

 しかしアダマス家ではそれがまかり通っていた。

 上の立場の人間を貶める快感と、バレたら問題になるという秘密の共有で侍女達はある意味一致団結していた。

 中心人物がダイアナの伯母だったこともあり、ピーターは見て見ぬふりをした。


「事実を確認しているだけなんだから、考える必要なんてないでしょう。早く答えなさい」


 言うべき事すら口に出せなかった少女は、いつの間にか父親顔負けの貫禄を身に付けていた。


 彼女はピーターに選べと言っているのだ。

 家の異常事態に気付かない無能か。

 身勝手な判断で雇い主に仇なす愚か者か――。



 クレイから減給を言い渡されたピーターの背中を、ダイアナは見送った。


 夫人は解雇一択だったので使用人達の前で糾弾したが、彼はまだ働いてもらうつもりなので人前での叱責は避けた。

 彼はすべき事をしなかっただけで、ダイアナを積極的に虐げた訳ではないので、これくらいの罰が妥当だろう。


「ダイアナ……」


 娘に対して負い目があるのか、クレイの歯切れが悪い。


「……夫人の暴走も、ピーターの独断も、全てはお父様が私に無関心だったから起きた事です」

「ああ……」

「私に対して悪いと思ってらっしゃいますか?」

「ダイアナ。すまなかった……」


「では貸しですね!」


 神妙な顔から一転して、笑顔のダイアナ。


「私はお父様と違って、容赦無く取り立てますから! 覚悟してくださいね!!」


 呆気に取られる父を置き去りに、ダイアナは足取り軽く部屋を後にした。


 残されたクレイは我に返ると、膝を叩いて笑った。


「やられた! アイツはやはり大物だ! ワシより出世するに違いない!」

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