第11話 YEAH! めっちゃストレス(2)
「なんだと!?」
「お父様としては、親戚であるラリマー夫人なら我が家を任せても良いと考えたのでしょうが誤りです。姉である自分より、裕福な相手に嫁いだお母様に夫人は嫉妬していました」
姉より玉の輿に乗る妹など存在しない理論である。
さり気なくクレイを持ち上げたダイアナ。
「お母様似の私に、夫人は憎しみをぶつけていました。私に対する彼女の態度に影響された使用人により、この家では雇い主の娘を軽んじる行為が横行していたのです」
実は先ほどのリアル肩叩き。ラストに二回ポンポンされたのは、ラリマー夫人である。
ダイアナが気弱で内気になったのは、ラリマー夫人がことあるごとに彼女を否定して、抑圧したからだ。
クレイは不在がちで、娘のことは夫人に任せていた。
父親に関心を持たれていない事を自覚していた少女は、親に泣きつくという発想ができなかった。
クレイを煩わせたら、完全に見捨てられると考えたのだ。
そして少女は我慢し続けるうちに自信を失い、自己主張できなくなっていった。
「ラリマー夫人は誠実でなく、優秀でもない。お母様の親戚だから採用しただけで、雇い続けるメリットはゼロどころかマイナスです!」
さすが我らのダイアナお嬢様。キレッキレである。
「家を腐らせるシロアリなど、百害あって一利なし! 他の使用人とは違って、考える余地なく解雇一択ですねっ!!」
「一応、お前の伯母なんだが……」
クレイは思わず同情してしまった。寝耳に水の告発で、まだ少し実感が湧かない。
彼の頭を占めるのは一に金儲け、二に仕事、三、四がなくて、五に資産運用。うーん、この。
家のことなど、仕事の足を引っ張らなければどうでも良かった。何かあれば家令のピーターから報告が上がるはずなので、問題なくやっているものだと思っていた。
「それがダメなのです。身内だからと根拠なく信頼したり、許してしまってはいけません。見せしめのために、夫人は今この場で解雇しましょう!!」
ダイアナは、さっとラリマー夫人に関する報告書を父に手渡すと、公開処刑を宣言した。
「一個の腐ったリンゴが、樽全体のリンゴもダメにするのです。既に影響を受けたリンゴは手遅れなので廃棄しましょう!」
勿論、腐ったリンゴはラリマー夫人であり、廃棄処分を提案されているのは女性使用人達だ。
少女の口から出た「見せしめ」「廃棄」発言に、使用人達の顔が引き攣った。
彼らとしては「普段大人しいヤツがキレると怖い」な状況だ。
残念だが、大人しいダイアナお嬢様は販売終了したのだ。これからはずっとこの調子だぞ。
「全員処分すると、お前の周囲からごっそり使用人が抜けてしまう。いくらなんでも不便だろう。再教育可能な者は、残留させれば良いのではないか?」
「一度でも主人を裏切った者は再教育不可です。越えてはいけない一線を、自らの意思で越えているのです」
ダイアナにとっては殺人犯と同列だ。
彼女の基準では、主人を裏切ることがそれだけ重罪なのか、それとも殺人に対する認識が軽いのか。追求したら怖い答えが返ってきそうだ。藪を突いてはいけない。
「脅された者も居るでしょうが、ピーターやお父様に報告する選択肢もあったはずです。同調圧力で罪を犯す者も、判断力のない者も必要ありません!」
「汚物は消毒だー!」とでも言い出しかねない勢いのダイアナ。
「気持ちはわかるが、実際問題不便だろう。新しく採用するにも時間がかかる」
「大丈夫です。スターリング家から、出向という形で女性使用人を引き受けます!」
「できるのか!?」
「実は先日、シルバー様とお会いした後で、侯爵夫人に相談されたのです」
体調不良()でシルバーが部屋に戻った後、ダイアナは姑となる予定の侯爵夫人とお茶をした。
スターリング家は古い家系、しかも大貴族に分類される為、家系で使用人を抱え込んでいる。
何代にもわたって仕えている者達を、困窮したからと容易く解雇することはできない。
主人としての至らなさを嘆きつつ、夫人は使用人達の窮状を未来の嫁に訴えた。
但しその目的は「支援金増やしてくれないかしら〜(チラッチラッ)」だ。
「表向きは、私が侯爵家に馴染む為、嫁入り前から使用人と関係を深める事にしたとでも言えば良いのです」
貴族らしい婉曲なおねだりだったので、ダイアナは自分の都合の良い解釈ですっとぼけることにした。
「両家の仲が良好だとアピールしつつ、侯爵家は食い扶持を減らし、男爵家は人手不足を補えます!」
「……それが叶うなら一石三鳥だな」
侯爵家の使用人と一緒に働けば、男爵家の使用人にも良い刺激となる。
アダマス家で働きたい使用人だけを受け入れて、その者達に高待遇を用意すれば、嫁入り後のダイアナの味方になるだろう。
(ここ数代はエスカレーター式で使用人になった者ばかりだ。全員が侯爵家に心からの忠誠を誓っているわけではあるまい)
すっかりその気になったクレイは、ゲスい顔で顎を撫でた。
ちなみに全使用人の前で、コンプレックスから酷評まで公表された夫人は過呼吸寸前だ。
彼女は言い訳しなかったのではなく、物理的にそれどころじゃなかったのである。
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