第10話 YEAH! めっちゃストレス(1)

 羽振りの良さを知らしめるがごとく、アダマス家の玄関ホールは広い。


 いつ休んでいるのかわからないレベルで常在職場な家令ピーターから、今日は非番だったランドリーメイドのルチルまで全ての使用人が当主命令で召集された。

 全員整列してもまだ大丈夫! 流石は成金の家である!


 ダイアナは全員揃ったのを確認すると、軽やかに人々の間を駆け抜けた。


 ポン ポン ポン ポン ………… ポンポンッ


 なんらかの基準があるのか、不均等なペースで使用人達の肩を叩く。


 終着点に到達し、クレイの元へ戻ってくると彼女は晴れやかな顔で宣言した。


「お父様。今、私が肩を叩いた者達を解雇してください」


「「「「「「「!!!!!!!???????」」」」」」」


「お、おい……ダイアナ、……本気か?」


 流石のクレイも、娘の言葉を理解するのに数秒かかった。

 何故なら全使用人の半分を解雇することになるからだ。


「お父様。この家の使用人は多いのです」


 白物専用ランドリーメイド、色物専用ランドリーメイド、シーツ専用ランドリーメイド、ランジェリーランドリーメイド、制服専門ランドリーメイド……洗濯だけでもこれだけいる。

 そもそも洗い物が多いのは、人間が多いからだ。

 どうでも良いが、色物専用って卑猥な響きがする。

 ランジェリーランドリーは、卑猥通り越して何かの呪文みたいだ。


「しかし、それは理由があって……」


 クレイは使うところはパーッと使うが、締めるところはギッチギチタイプだ。故にダイアナはあまりお金を持っていない。


 話が逸れたが、クレイは理由なく大量雇用しているわけではないのである。

 彼は取引先や親類に頼まれ、箔付のために使用人を受け入れている。


 歴史の浅い、成金男爵家での勤務は大したキャリアにならない。

 大事なのはその後。

 彼らはアダマス家の後に、由緒正しい貴族家で働くのが目的だ。


 歴史ある貴族は使用人を家系で抱えている。

 執事長の息子が、次の執事長になる的な。メイド長と家令が夫婦である的なものだ。

 しかしなんらかの欠員が出た際には、新規に使用人を採用する。


 募集条件の必須項目は、貴族家で勤務経験があること。

 この最低条件を満たすために、クレイは一時的に使用人として雇用しているのだ。マネーロンダリングかよ。


 故にアダマス家の使用人は、ごく一部を除いて腰掛け状態。

 裕福な親戚を持つ平民や、クレイと取引のある男爵家・子爵家辺りの人間で構成されている。


「お父様が、使用人達を引き受けることで、紹介者の方達と縁を深めようとしているのは存じています」


 縁というより貸しだ。


「その行為による利益は、どのくらいありましたか?」


「ダイアナよ。言いたいことは分かるが、こういったものは目先の利益で考えるものじゃないんだ」


「いいえ! 目先で良いんです! 使用人として彼等の縁者を採用する貸しは、お父様が存命の間に回収せねば時効になります! 貸し損です!」


「いや、しかし……」


(傑物かと思ったが、見誤ったかもしれん)


 娘の短絡的な考え方に、クレイは少しガッカリした。


「この程度の貸しをお父様亡き後、律儀に返そうとする方々なら、日頃から何らかのリターンがあるはずです。ありましたか? その場限りの『ありがとう』や、軽い謝礼で終わったのではありませんか?」


 落胆したクレイだったが、続くダイアナの言葉にはほんのり思い当たる節があった。


「使用人の月給をご存知ですか? お父様が得た謝礼は、その使用人に支払った給料よりも価値あるものでしたか?」


「……」


「給金分は働いていると主張されるかもしれませんが、私が肩を叩いたのは使用人として失格な者です。彼等の勤務態度は報告書で提出します」


 思案しだした父に、娘は畳み掛けた。


「お父様は、舐められているのです! 永遠に回収できない貸しなど、無償で尽くしてやっているのと同じです!」


「!?」


「お父様は自分の力で成り上がり、爵位まで手に入れた成功者です! アダマス家の男爵位は、ただ先代から引き継いだだけの惰性の男爵位よりも、よっぽど価値があるのです!」


「……ダイアナ。お前は、そんな風に思ってくれるのか……?」


 不覚にもクレイは、娘の言葉に感動した。


「商人として頭を下げても、心は気高くあった筈です。なのに何故、自ら三下共の奴隷に成り下がるのですか!?」

「――お嬢様。いいえ、ダイアナ。言葉が過ぎますよ」


 力強いダイアナの演説を、冷静な声が遮った。

 声の主はメイド長を務める、ラリマー夫人だ。


 ラリマー夫人はダイアナの母・モアの姉である。

 彼女は男爵に嫁いだが、訳あって離縁しアダマス家で雇われることになった。

 モアが亡くなってから採用されたラリマー夫人は、幼いダイアナに代わり女主人のように家を守ってきた。

 現在、女性使用人の中で一番権力を持つのは彼女である。


「使用人としてではなく、貴女の伯母として、これ以上の淑女らしからぬ振る舞いは看過できません」

「お父様。私が年々内向的になったのはラリマー夫人が原因です。彼女は長年私を虐げていました」


 ダイアナ、あっさり暴露。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る