第9話 待ってたぜぇこの瞬間をよぉ
クレイ・アダマスは紡績業の成功を切っ掛けに、商売の手を多岐に広げた男だ。
今もアダマス家の中心事業は紡績業。
ダイアナとシルバーの婚姻は、クレイが事業の顧客層を一般市民だけでなく貴族や海外へ広げるのが目的だ。
アダマス家の爵位が変わらずとも、侯爵夫人の実家となれば社交界での扱いは変わる。
婚約時は、アダマス家がスターリング家を支えるターンだ。
スターリング家に(必要最低限の)生活費を支援し、最強の経理軍団を派遣して財政の見直しを行う。
更に紡績関連の工場をスターリングの領地に作り、領民の生活を安定させて税収を上げる。
結婚後は、出資した分を回収するターンだ。
侯爵夫人となったダイアナを介し、コネクションを広げるのが最大の目的。
故に、結婚後の手のひら返しには厳しい罰則が設けられている。
契約不履行時には、スターリング家が国から与えられた爵位、領地以外は全て巻き上げる所存!
まずダイアナの冷遇を許さない。
勿論、娘可愛さではない。
元が男爵令嬢だからと、嫁ぎ先で軽んじられては意味がないからだ。
冷遇の判定基準は明記されており、ダイアナは実家から使用人を連れて行くことが許されている。スターリング家は、監視の目を受け入れなければいけない。
更にダイアナには定期的なクレイとの面会が設定されている。
面会を病欠したら、アダマス家から医師が派遣される。
二連続欠席で、侯爵家に監査のメスが入る。
次に跡取りについても、ダイアナの子にしか相続権を与えないことを明言している。
シルバーが他所で子供を作るのは、ダイアナの冷遇の判定に引っかかるので一発退場。
スターリング家どころか国からも強制退場となり、遠洋漁業に従事させられる事となる。
もしダイアナとシルバーの間に子ができなかった場合は、ダイアナとクレイ両者の承認を得て養子を迎える。
*
「…………流石はお父様です。ですが、私の扱いについて少し補足いただきたいです」
ダイアナ選手。まずは相手を持ち上げつつ、否定ではなく補足という形で交渉開始。
「令嬢の市場価値は年齢と共に低下します。更に婚約成立で一段階、婚姻成立で一気に二段階くらいは価値が下がります。もし婚約解消や離縁となった場合に、私の再利用は困難です」
「ほう」
躊躇なく自分を再利用とか言っちゃう娘。
(死んだ妻似だと思っていたが、中身はワシ似だったのか……!?)
「今の契約では、違約時にアダマス家の懐は温まりますが、私という返品在庫を抱え込む羽目になります」
「そうだな。金は十分手に入るのだ。お前一人くらいは……」「ダメです!!!!」
食い気味に否定した。
ダイアナは嫁ぎたいのだ。
実家の片隅で一生家事手伝い状態になるのも、街中に屋敷を与えられて独身貴族で過ごすのも嫌なのだ。
「お父様は甘いです!!」
「なん……だと……!?」
クレイ・アダマス。裸一貫で事業を成功させ、男爵位とはいえ爵位も自力で手に入れた男。
銭ゲバ、ハイエナ、冷血漢など色々言われてきたが、甘いと言われたことなど一度もない。いや、見習いの頃には言われたことがあったかもしれない。
「そもそも高位貴族と縁続になり、我が家の本業を後押しするのが目的なのですからそこは達成しないと! 実の娘という一枚きりなうえに、経年劣化するカードを切るんですから!」
容赦無く自分を駒扱いしたうえに、貪欲に成果を求めるダイアナ。
「もしシルバー様が死亡、もしくは婚姻相手として不適格だった場合は、別の人物を養子に迎え私と婚姻を結ぶ形にしましょう! 確実に姻戚関係を維持するためです!!」
更に彼女はシルバーを「素敵な方」と評した口で、彼を切り捨てることを平然と提案した。
(――!!? この子はワシを超えるかもしれないっ!!)
彼女の狙いはとにかく結婚したいだけなのだが、クレイは娘が未来の大商人となる可能性を感じてゾクゾクした。
大商人どころか、商人王になって、この世の全てを手に入れちゃうかもしれない。
「いざその時になり、慌てて適当な人選をされても困ります。今のうちからスターリング家に、代役候補のリストを作成させましょう!」
どう見ても以前の彼女とは180度中身が違うのだが、クレイは仕事中毒でそもそも家庭を顧みないタイプ。
子供への情も薄かったので、違和感を抱くどころか彼女の豹変ぶりを好意的に受け入れた。
「お父様。結婚の件とは別件で、……いえ、少しは関連している事なのですが、お願いがあります」
「なんだ? 遠慮せずに言え」
すっかり彼女を、自分の後継者とみなしたクレイは激甘だ。
子を可愛がる父というよりは、天才児の指導を任された教育者に近い。この子がどこまで成長するのかワクワクしている感じだ。
「お父様の命令で、全使用人を集めて欲しいんです――」
前世で『ざまぁ』好きだったダイアナ。仕事で家を空けがちなクレイが地方から戻り次第、やりたいことがあったのだ。
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