第8話 素人は黙っとれ(2)
一方その頃。
アダマス家では、久しぶりに帰宅した屋敷の主人を娘のダイアナがにこやかに出迎えていた。
「どうした? お前が機嫌良さそうにしているなんて珍しいじゃないか?」
「お父様にお礼が言いたくて。素敵なご縁を用意していただきありがとうございます」
まさか礼を言われるとは思っていなかったのでクレイは面食らった。
彼とてこの国が恋愛結婚主流であることは、当然知っている。
今日だって、もし婚約について不満を漏らすようであれば、強く言い聞かせなければと思っていたくらいなのだ。
「私が自力で条件の良い殿方を射止めるのは、無理だと思うんです。お父様の尽力で、素敵な方と結婚できることになり、嬉しいです」
クレイの機嫌をとるためではなく、本心で言っているようだ。
実際問題、ダイアナはシルバーをかなり気に入っている。
前世から自分の過激な思想に自覚のある彼女は、あまり他人に持論を語ることをしなかった。引かれるのがわかっていたからだ。
婚活中も本音を話さず、当たり障りのない一般的な反応を心がけていたので、成婚に至らなかったのかもしれない。
「シルバー様とお話しするのは、楽しいです」
シルバーはダイアナの持論に耳を傾けてくれたし、彼の意見も打ち明けてくれた。
依然として恋愛に興味はないが、デートを面倒くさがる彼女にしては、また会いたいと思うくらいには楽しかった。
(イケメン。初婚。侯爵家の嫡男で身元が確か。一定水準以上の教育を受けている。訪問の際に、姑からのマウント攻撃はなし。歯並びも綺麗だった……手を掛けて育てられた証拠)
チェックポイントが、後半になるにつれ怖い感じになってる。
「つきましては、私達の婚姻についての取り決めを、確認させてください」
「お前が気にする必要はない。ワシと侯爵で交わした契約だ」
「当事者は私です。私の観点で、契約文を確認したいのです」
まるでクレイの作った契約書が不十分とでも言いたげな態度に、彼の機嫌は急降下した。
(これだから働いたこともない子供は)
「既にサイン済みの契約を、簡単にどうこうできる訳がないだろう。お前はただワシの指示に従えば良いんだ」
「いいえ。お父様。常識的な内容を補足する、もしくは暗黙の了解になってしまっていて、明文化しなかった条項を表記するのであれば、侯爵様も修正に同意するはずです」
圧をかけられても、一歩も引かないダイアナ。
ここに来てようやくクレイも娘の様子がおかしいことに気付いた。
年々内気になり、俯きがちになっていたダイアナ。
金で爵位を買った後、クレイは彼女を貴族の娘らしくしようと貴族出身の家庭教師を雇った。
月日が経つにつれ大人しく、表情を表に出さなくなったのは淑女教育の成果だと思っていた。
「お父様。当事者が契約内容を把握していなければ、うっかり抵触してしまう可能性があります。それにお店も実際にオープンしてから、マニュアルを修正する事はあるでしょう? それと同じです」
「……ふむ、一理あるな」
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