第7話 素人は黙っとれ(1)

「ねぇ、どうだった? あのお嬢様、もしかして泣いちゃった?」


「ねえどんな気持ち?」みたいなノリで、シルバーの婚約者となった少女の反応を探るスフィア。


 普通に性格の悪い女だ。


 シルバーは何故こんな女が良いのかはなはだ疑問だが、どこの世界にも悪い女に引っかかる男というものは一定数存在する。

 彼は松花堂弁当よりも、ジャンクなバーガーセットが好きだという話だろう。どちらが健康に良いかは一目瞭然だが、体が求めてしまうのだ。仕方がない。


「……」


 一応泣いていたが、嬉し泣きだった。

 イエスともノーとも言えず、シルバーは沈黙を選んだ。


「……大人しそうな顔して、親に政略結婚強請るくらいだものね。本性は強かで、アタシの事も割り切ってる感じ?」

「……割り切っているが、そういう方向じゃなかった」


 現役の学生とは思えない、蓮っ葉な言葉遣いのスフィア。

 華奢なダイアナとは正反対の肉感的な体型。

 金髪なのはダイアナと一緒だが、ストレートで白金に近い彼女に比べると、色が濃くてガッツリカールしている。瞳は青く、目鼻立ちははっきりとしている。


 うーん、濃ゆい。制服姿が風俗のコスプレにみえる。歳を誤魔化していると言われた方が納得できる。お前絶対十代じゃないだろ。


「もうっ! さっきから反応悪い! もしかして今更、罪悪感が芽生えたの? アタシより、あの子が良くなった?」

「違う。違うんだ……俺の心は君のものだよ。ただ、なんて説明したら良いのかわからないんだ」


 先延ばしにすれば大変なことになると、慌ててスフィアを呼び出したシルバー。

 ここは二人の行きつけの店の個室だ。


 もし先日ダイアナが覚醒していなければ、彼女の家に行く、もしくはスターリング邸に呼ぶなどして安易に逢引していただろう。

 流石のシルバーも、婚約者となった少女の赤裸々な本音を聞いて、無警戒にスフィアと会うのはマズいと自覚した。

 そもそも会うこと自体がマズいのだが、彼はまだ完全に婚約者の危険性を理解していなかった。判断が甘い!


「ねえ。結局あの女は私の存在を認めたの? シルバーが侯爵になった暁には、あの女閉じ込めて、アタシが実質的な女主人になる話は、大丈夫なんでしょうね? 正妻になれないのは、ギリギリ我慢するけど、別邸でシルバーを待つ日々なんて嫌よ」


 だから十代がする話じゃねぇって。

 発想が完全に愛人業だ。しかも調子に乗って破滅する系の悪女だ。

 いつの間にか『あの子』呼びが『あの女』にグレードダウンしている。

 玄人感が半端ない。マジでシルバーは彼女のどこが良いのか理解に苦しむ。女の趣味悪すぎ。


「……認めてないし、そもそも君の存在を知りもしない」

「はあ? ちゃんと話すって言ったじゃん! アタシに嘘ついたの!? どっちにも良い顔するつもり!?」


 金で爵位を買った男の一人娘。

 スフィアにとってダイアナ・アダマスは甘やかされたお嬢様だ。


 生まれた時から裕福で、箱入り状態で育ったからあんなに大人しいのだ。

 欲しいものを、欲しいと言わなくても周囲が用意してくれるから、意思表明をする必要がない。

 用意されたものを当然のように受け取り、感謝すらしない。それを手に入れるのに、どれだけ金と苦労が掛かっているのか知りもしない厚顔無恥の塊。


(きっと高級なジャムを指突っ込んで舐めるタイプよ! 全部食べ切るならまだしも、数口舐めて放置とか許せないわ!)


 どんなイメージだよ。


(残されたジャムを見る人間の気持ちなんて、お金持ちのお嬢様にはわからないに決まってる!!)


 はしたない真似をしても「無邪気」で許される、お嬢様フィルターが憎らしい。

 もしスフィアが同じ行為をしたら「卑しい」と親に頭叩かれるのだ。


「そんなつもりはないけど。本当に今話すのはマズいんだ!」

「信じらんない!! そう言って、アタシの事キープしたまま誤魔化すつもりでしょ!」


 不倫あるあるだ。

「妻とは別れるつもりだ」「愛してるのはお前だけ、もう少し待っていてほしい」とか言って、何年も女の時間を奪った挙句結局別れない。

 別れないどころか、実は休日は子煩悩なパパやってたりするパターンだ。


「信じてくれ!! 今、君の存在がバレたら婚約解消どころか、スターリング家はアダマス家に乗っ取られる!」

「……なにそれ」

「政略結婚なんだ。婚約の時点で契約が履行されていて、不用意に破るのは危険なんだ」


 必死なシルバーの様子に、ようやくスフィアも話がそう簡単ではないことに気付いた。


 ダイアナと別れた後、シルバーは慌てて政略結婚にまつわる条件を確認した。


 クレイ・アダマスとシルバーの両親は友人でも何でもない。

 友情に基づいた、婚約を口実とした支援の申し出ではない。

 完全に利害の一致で結ばれた婚約なので、契約内容はビジネスライクで厳格だった。


「彼女から婚約解消を希望するよう、俺から探りを入れる。スフィアは何もしないでくれ。お願いだ」

「……」

「俺を信じてくれ」


 シルバーよ、それはフラグだ。


「押すなよ! 絶対に押すなよ!」と同じで、何もするなと念押しされたら大概やっちゃうのだ。

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