第6話 私の幸せな結婚観(2)
札束で往復ビンタどころか、両手に持ってタコ殴りにしてくるダイアナ。
「ふ、不本意だが家のために身を犠牲にしたとは考えられないのか? 君だって言ってただろう。これは俺一人の問題じゃないんだ」
もう止めておけ。ここにセコンドが居たらタオル投げ込んでるぞ。
「もしシルバー様に好きな人がいて、その恋心を貫きたいなら婚約前に除籍すれば済む話ですよね」
「この家を継げるのは俺だけだ」
「いえいえ。政略結婚に同意する年頃の男性を、分家から見繕って養子にすれば万事解決です」
「俺が後継者から外れるということか。それなら籍を抜く必要はないんじゃないか?」
彼の言葉に、婚約者である少女は困ったように微笑んだ。
聞き分けのない子供を、どう説得するか迷っているかのような態度だ。
「本家の人間が家に残るのに、分家の養子が後を継ぐなんて……シルバー様が家に残った状況だとややこしくなるじゃないですか。外聞も悪いし、使用人も混乱します」
いくら当主といえど、正当な血統の持ち主を蔑ろにすることはできない。権力が二分してしまう。
「同居しなければ済む話では?」
「責務を放棄した愚か者を養うんですか? シルバー様に突出した能力でもない限り、得られるものは醜聞だけです。自由を貫く代償として、身分も自由にしてさしあげるのが道理でしょう」
辛辣ぅ!
「君の言う突出した能力とはなんだ?」
「国に貢献したり、歴史に名を残すレベルの功績をあげられるかですね。まあ、そんな才能があればスターリング家がここまで困窮することはなかったので、『かもしか』の話です」
遠回しに無才宣言された。シルバーは一般的な後継者教育をこなして、学校の成績も上位なのだが、それだけではなんの価値もないらしい。
ダイアナお嬢様。大人しそうな顔してめっちゃ殴ってくるじゃん。しかも一撃一撃が抉るように重い。
「侯爵家を再建したいなら、私の婚約者はシルバー様じゃなくても良いんです。アダマス家は侯爵家の看板目当てなのでシルバー様にこだわりはありません」
「…………」
「私はしっかりとした契約に基づいて、素敵な旦那様と仲良く暮らしたいのです。婚約者は友好的な関係が築ける方であれば嫡子でも養子でも大丈夫です。ほら、シルバー様が身を犠牲にする必要あります?」
正面切って「お前の代わりはいくらでもいる」「酔ってんじゃねぇよ」と言われて、彼のライフはもうゼロだ。
歯に衣着せぬどころか、聞きたくもない本音ラッシュにシルバーは完全KOされた。
「ともあれ、もう契約は結ばれてしまったんです。もし貫きたい恋心とやらが芽生えてしまったら、早急に申告してくださいね! 時間経過と共に、侯爵家へのペナルティーが重くなりますからっ!!」
勝敗がついて、リングを降りようとしたシルバーに追い討ちドロップキックが決まった。
哀れ。自分が求められていると勘違いした、イキリ男は場外へ吹っ飛ばされた。
可愛らしく微笑むダイアナだが、言ってる内容はかなりエゲツない。
履行されている時点で、もうペナルティーは免れないらしい。
「……ああ、気をつけるよ」
冒頭とは逆転して、今はダイアナが意気揚々としていて、シルバーの顔は真っ青だ。
世間の厳しい意見に晒されたことの無かった御坊ちゃまは、プライドをズタズタにされて死にそうな顔をしている。
顔も背中も汗でびっしょり。辛うじて意識を保っている状態だ。
「まあ、大変! シルバー様顔色が悪いわ! もしかして体調不良ですか!?」
慌てて使用人を呼ぶベルを鳴らすダイアナ。
試合終了のゴングのように鳴り響くその音に、シルバーは安堵した。
早くお家帰りたい。あ、ここが家だった。
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