第5話 私の幸せな結婚観(1)

 場所は戻り、没落貴族スターリング家の簡素なお庭。


(なんなんだこの女!?)


 豹変したダイアナにシルバーは押され気味だ。


「私、政略結婚に憧れていたんです!! 素敵な家庭を築きましょう!!」


 シルバーの婚約者となった少女は、机に手をつくと身を乗り出して宣言した。


 時代の流れと逆行した価値観だ。

 嬉しそうに言い切るが、今のジェンマ国でそれは滝を下から登ろうとしているのと等しい。きっと成し遂げたら竜になれる。


「幸せな結婚生活を送れるよう、お互い頑張りましょうね!」

「いや、それは……」


(俺の話を聞いて……なかったな)


 本人から申告されたばかりだ。

 シルバーはもう一度、言い直そうとしたが、ニッコニコのダイアナに遮られた。


「だって、侯爵家はアダマス家の金で生かされてる状態でしょう? 私達が努力を欠いたら、シルバー様一人じゃなくてご家族、使用人全て路頭に迷うじゃないですか!」


「え?」


 無邪気な笑顔で札束ビンタされた。


「恋愛婚って正直微妙だと思うんです。だって、気持ち一つで繋がった関係なんて、その気持ちが無くなればあっという間に崩れてしまうでしょう? 目に見えない、しかも時間と共に変化するものを永遠と思い込むなんて、危険だと思うんです」


「……その気持ちが大事なんじゃないのか?」


「シルバー様ってロマンチストなんですね! 結婚した時点で、男の狩猟本能は満たされるんです。獲物を手に入れた興奮が、時間経過で落ち着けば『女として見れなくなった』とか言って他所に目移りします!」


「そんな事は……」


「女だって子供産んだら、家と子供最優先になって、恋は盲目状態であれば気付かなかった夫の欠点に苛つくようになります! 最後は金づるとしか思わなくなりますよ! 夫の不摂生を咎めない妻の内心は『コイツ早く死なないかな』です!」


(マジで?)


 すごい暴論だ。

 偏見に満ち溢れているが、曇りなき眼で断言してくるので、シルバーはちょっとグラついた。


(え? スフィアもそんな感じになるの?)


「その点、政略結婚であれば安心です。なにせ事前に条件を明示して契約を結んでいるんですから、違反者は契約違反で破滅するじゃないですか」


「そ、そうなのか?」


「はい! 姻戚関係になるメリットよりも、関係破綻時のデメリットの方が大きいのが政略結婚です。違約金は勿論、共同で事業なんてしていた暁には丸裸にされる可能性があります! 自分どころか、肉親や大勢を巻き込んで人生棒に振りたい人間が居るとは思えません!」


 ダイアナよ。残念だがここにいる。

 契約を読み込まず、条件を把握しない状態で一方的な宣言をかました愚か者が君の婚約者だ。


「……へ、へえ。それは大変だ」


 今更だがとんでもないことをしたとシルバーはビビった。


「お互い自分以外の人生も賭けベットして、結婚するんですから、その関係は『恋慕』なんて薄っぺらなものよりもよっぽど強固でしょう? 良い関係を維持するため、日頃から努力が求められるし、円満な家庭になると思うんです」


 自らの恋心を薄っぺらい扱いされ、シルバーはムッとした。


「君の意見には少し賛同しかねるな。俺は恋心とは損得関係なしに自然と湧いた尊いものだと思う」

「確かに。損得抜きの関係は、最も純粋なものかもしれませんね」

「そうだろう。俺はその純粋な気持ちを大切にしたいんだ」


 婚約者になったばかりで、初回は殆ど会話がなかった。

 シルバーがダイアナの考えに触れるのは今日が初めてだ。

 随分穿った考えの持ち主だが、他人の意見を否定したり、話が通じないわけではないらしい。


「それなら、私達は大丈夫ですねっ! だって私と婚約したという事は、シルバー様は現在、誰にも恋心を抱いていないって事ですもんね!」


「なんだって!?」


「だって純粋な気持ちを大切にしたいのに、身売りするような真似をするなんて……。誰よりもその尊ぶべき想いを冒涜しているじゃないですか!」

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