第4話 さぁ来世に期待(2)

 ちなみに『斉橋 奏江』の姓名診断、総格は特殊格である。

 大吉とか通り越して、特殊の域に達している。

 大吉は赤文字なのに、特殊格は文字が二倍サイズで金色だった。何それ超強そう。

 その他の天格だの人格だのも大大吉とか軒並み強そうな結果だった。書かれていた人物像も下記の通り。


『勝負運の強いエゴイスト』

『急展開が連続する波乱万丈な人生』

『巧みに人を操って出世し、どんな世界でも成功する』

『スーパータフガイ。え? 女? マジで?』


 青年漫画の主人公かな。

 マネーゲームとかパワーゲームの成り上がり系で、主人公が誰よりもゲスいやつ。アニメ化するなら深夜枠。

 しかし無料の診断なのに、おおむね当たっている。

 ちなみに結婚運は凶。うん、知ってた。


 異性とデートに行くのはかったるいが、休日に夫婦が一緒にスーパーで買い出ししているのは心の底から羨ましい。


 結婚式のプランに頭を悩ませるのは面倒だが、新居のインテリアを相談し合うのは憧れる。


 むしろ結婚式に興味はない。

 奏江の仕事は、その手のコネクションを必要としないので、職場の人間を招くメリットはない。

 友人達に散々配ったご祝儀貯金を回収という考えもあるが、そもそも披露宴は金がかかる。

 遠方から来る友人へのお車代諸々を考えても、ご祝儀もらったところで収支的にはマイナスだ。

 もし新郎の希望で結婚式を行うなら、基本プランナーにお任せして、気になるところだけ夫の要望を取り入れれば良いと奏江は思っている。

 うーん、この。どっちが男か分からない。


 彼女が夫となる男性へ求める条件は少ない。

 清潔感があり、人間として道を外れた真似(ギャンブル、暴力、アルコール依存など)をせず、妻以外の異性に対して線引きができる人物。

 夫として、奏江と家庭を共同経営することに前向きな姿勢を示すことができる人物。

「条件が低過ぎて逆に難しい」と、結婚相談所のスタッフに言われたので「お腹が出ていない」を付け加えた。なんでそこ行く?


「私が資産家のお嬢様だったらなぁ」


 もし彼女が良家のお嬢様だったら、年頃になれば周囲の人間が気を遣って好い人を紹介したり、縁談を持ってきてくれるのだろう。


 お嬢様が結婚に失敗すれば、紹介者の面子が潰れることから相手はそれなりに好条件。

 裕福な家との結婚で苦労するのは、家格に差があるからであって、同程度であればむしろ金持ち喧嘩せずだろう。

 結婚後も相手を蔑ろにすれば外聞が悪くなる。

 縁談が用意されるレベルの良家であれば、お互い醜聞は避けたいところなので、険悪にならないようお互いを尊重して生活できるはずだ。


 重ねて言うが奏江は夫と愛し合いたいわけではない、恋をしたいわけではない。

 円満な結婚生活を送りたいだけだ。


 あれこれ夢想したが結局、持たざる者は、己の持つものでどうにかするしかない。


(今日も一日収穫なしで終わってしまった)


 悪天候でジメジメする駅で、乗り換えのために階段を登っていた奏江は突然押されて足を踏み外した。

 相手は意図的に押したわけではなく、歩きスマホで彼女にぶつかったようだ。


 運悪く雨で足元が滑りやすくなっており、奏江の後ろを歩いていた人物が咄嗟に避けたために彼女は一直線に転落した。

 階段の中央を歩いていたために掴むことのできるものも無い。いくら彼女がタフだろうと、ここまで運が悪ければ助からない。


 避けた人物に恨みはない。

 彼女が逆の立場であっても避けてしまうだろう。体張って命を救えとか言わない。


(だがスマホ女、てめーはダメだ)


 何よりその手に光るものが許せない。


(既婚者かよ!!)


 人と会えば、男女関係なく指輪をチェックしてしまう。結婚拗らせ女子ここに極まれり。


(危ない場所で歩きスマホするようなマナーのない女でも結婚できるのに、私は何故)


 こうして彼女は未婚のまま、三十七歳でこの世を去ったのである。


(生まれ変わるなら、上げ膳据え膳で結婚できるお嬢様になりたい)

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